『君と歩く世界』 試写

試写室日記

本日は試写を1本。

『君と歩く世界』 ジャック・オディアール

昨年の後半は『70年代アメリカ映画100』の作業にずいぶん時間を費やし、読みかけの本、書きかけの原稿、調べかけのテーマなどなど、中途半端になっているものの遅れを取り戻すので精一杯で、新作映画の情報に疎くなっている。この作品もまったくのノーマークだった。

マリオン・コティヤール主演。試写状で、両脚を失ったシャチの調教師であるヒロインが、普通とは違う男に出会って、再生を果たしていくというようなアウトラインだけを確認して、よくあるお涙頂戴映画だったらいやだなと思いつつ試写に出向いた。実は監督がジャック・オディアールであることも映画を観て知った(試写状は、マリオン・コティヤールの名前だけがやけに大きかったような気がする)。

映画の冒頭で社会の底辺を這いずるような父親と息子の姿を見て、瞬時に背筋がピンと伸び、貧しさのなかで生きることから生まれる軋轢や闘争心がむき出しになるヒリヒリするような世界に引き込まれた。いい、すごくいい。誤解を恐れずに書けば、そんな世界のなかでは、両脚を失ったヒロインがそれを意識することが、あたかもナルシズムのように見えてしまうといっても過言ではない。


心理療法士のゲイリー・グリーンバーグは『「うつ」がこの世にある理由』(柴田裕之訳/河出書房新社/2011年)のなかで、うつに共通する傾向のひとつとして「日中のまばゆい光に苦しめられる」と書いているが、両脚を失ったヒロインが光を避けようとするのもそれを示唆しているのか。そうであるほうが、この物語は深みを増す。

あと、なんといっても音楽。冒頭の親子のシーンのバックに流れ出すのが、ボン・イヴェール(このブログでもアルバム日記で『Bon Iver, Bon Iver』を取り上げた)。そのあと、ブルース・スプリングスティーンとかも流れてこの登場人物たちの世界の雰囲気を醸し出し、なんと最後をまたボン・イヴェールで締める。

それから、『ゼロ・ダーク・サーティ』、『ムーンライズ・キングダム』と話題作でお仕事しまくりのアレクサンドル・デスプラ。『ムーンライズ・キングダム』のいろいろ楽器を変えたテーマの変奏も好きだったが、こちらでもピアノ、管、弦のアンサンブルの静謐な響きとか印象に残る。