クリス・マロイ 『180° SOUTH/ワンエイティ・サウス』レビュー

Review

1968年から2008年の間に自然と人間の関係はどう変化したか

クリス・マロイ監督のドキュメンタリー『180°SOUTH/ワンエイティ・サウス』は、「patagonia」と「THE NORTH FACE」という世界的なアウトドア・ブランドの創業者であるイヴォン・シュイナードとダグ・トンプキンスがかつて成し遂げた伝説の旅のエピソードから始まる。

60年代初頭から機能性に優れた登山用具を製造していたイヴォンは、1968年のある日、友人のダグからパタゴニアの山に登る旅に誘われた。彼らは、サーフボードや登山用具、旅を記録するための16ミリカメラなどをバンに積み込み、未舗装のパンアメリカン・ハイウェイを南下した。そして、パタゴニアの大自然、未開の地を踏破した経験は、彼らの人生に大きな影響を及ぼすことになった。

そんなプロローグに続いて、この映画の主人公であるジェフ・ジョンソンが登場する。8歳でロッククライミングとサーフィンに魅了され、アウトドアを生き甲斐にする彼は、10年前に伝説の旅の記録映像を見て衝撃を受け、それを追体験する機会をうかがっていた。そして伝説の旅から40年後、彼はメキシコからパタゴニアに向かうヨットにクルーとして乗り込む。

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1月22日(土)より渋谷・シネクイントにて【20日間限定】ロードショー!ほか全国順次公開!(C)2009 180°SOUTH LLC.

ジェフの旅は刺激に満ちている。まず船酔いに苦しめられる。出港から1ヶ月が経過した頃には、マストが折れるというアクシデントに見舞われ、修理や補給のために立ち寄ったイースター島で思わぬ長居をする。そこでジェフと親しくなったサーフィンの女性インストラクター、マコヘも旅に加わることになる。

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パタゴニアに着くと、マコヘの友人を訪ね、サーフィンを満喫する。それからイヴォンや他の仲間と合流し、高峰コルコバド山の山頂を目指す。川を渡り、険しい森を抜け、道なき道を進み、雪面を登っていくと、圧巻のパノラマが広がり、急峻で崩れやすい危険なピークが待ち受けている。

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しかしこの映画は、伝説の旅を再現するだけでは終わらない。1968年と2008年の旅の間に、自然と人間の関係は大きく変化している。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』が出版されたのが1962年で、環境問題への関心はすでに芽生えてはいたが、1968年に手つかずの自然に分け入るイヴォンやダグがそれを意識することはなかっただろう。

一方、2008年ですぐに思い出されるのは、アメリカ発の金融危機だが、トーマス・フリードマンは『グリーン革命[増補改訂版]』(伏見威蕃訳/日本経済新聞出版社/2010年)のなかで、それを環境問題と完全にリンクさせていた。第一章「市場と自然の同時崩壊」だ。そこからいくつか文章を引用しておこう。

「私たちが富を生み出してきたやり方は、金融界と自然界に大量の毒物を蓄積した。それが二〇〇八年九月に、私たちの市場と生態系の基盤を揺さぶった。そう、市場と母なる自然の不安定化は、表面上は結びついていないように見えるが、根本的原因は共通している」

「アイスランドの銀行を崩壊させた詐欺的な計算方法は、南極で最大の氷の層をも崩壊させたのだ――それも同じ年に。アイスランド経済がメルトダウンしているさなかに、南極半島にあって一〇〇年にわたってほぼ安定していた巨大なウィルキンス棚氷が崩れはじめた」

「気候と生物の多様性に関する二〇〇八年と二〇〇九年の研究に目を通すと、愕然とするはずだ。気候変動と生物の多様性の喪失が数年前の予想よりもはるかに早く、なおかつ大きな影響を及ぼしていることを、世界最高の科学者たちが警告している」

「おなじメルトダウン、おなじリスクの大きいビジネス。シティバンクとアイスランドの銀行の経営幹部が、莫大なデフォルトや損失の真のリスクを反映しない無茶な金融事業にいそしんでいたのとおなじように、不動産開発業者、石油会社、石炭会社、自動車メーカー、電力会社は、炭化水素を使うエネルギー、移動手段、照明、暖房、冷房を、地球にかかるコストを反映しない価格で売ってきた気候を変動させるCO2の分子を大気中に蓄積してきた。そして、CO2を排出するこうした不当な安値のエネルギー源を利用する私たち全員が、その利益を私物化してきた」

このドキュメンタリーの主人公ジェフは、刺激に満ちた旅のなかで環境問題と向き合うことになる。彼が出会ったマコヘの友人ラモンの家は漁師で、家訓は“勤勉・質素・海への敬意”だった。だが、水産会社が彼らの村に進出して魚が獲れなくなった。おそらく乱獲が行われたのだろう。海岸にはパルプ工場が並び、海は廃液で汚染されている。そして川の上流ではダムの建設が計画されている。

その村から今度はサンティアゴを訪れる。LAよりも人工が多いというこの大都市で彼は、巨大なショッピングモールや建設中の南米一の高層ビルを目にする。こうした都市にエネルギーを供給するためにダムが必要とされる。そのダムについては、別の政治的な背景にも言及される。独裁政権時代に政府が民間企業に水利権を与えてしまい、その結果、スペインの電力会社が次々とダムのプロジェクトを打ち出してきたのだという。

この映画では、そうした現実を踏まえ、イヴォンとダグの環境問題への取り組みに光が当てられる。彼らはこの20年近く、保護プロジェクトに尽力してきた。ダグとクリスのトンプキンス夫妻は、経営難に陥った牧場など一帯の土地(野球場17万個分に相当するという)を私財を投じて購入し、保護し、国立公園にしてチリ人に返す計画を進めている。日本では水資源をめぐる土地の買収が注目を集めている時期だけに、考えさせられる試みである。

ジェフは、環境問題について考えるたびに、ある事を思い出す。それは、イースター島に滞在する場面で語られる。彼は、ジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』(楡井浩一訳/草思社/2005年)を引用して(具体的には第2章の「イースターに黄昏が訪れるとき」)、この島の文明の崩壊を説明する。

要約するとこういうことになる。1700年代、ヨーロッパ人が島にやってきたとき、どのモアイ像も立っていた。だが人口が増えると島民は部族に分かれ、より大きなモアイ像を作ることにしのぎを削った。そして巨大な石像を運ぶために、島中の木を切り倒した。資源を使い果たすほど石像作りに執着した結果、戦争や共食いが起き、島の人口は3万から111人まで減少した。

ジャレド・ダイアモンドは、孤立したイースター島における文明の崩壊を孤立した地球のメタファーとしていたが、ジェフもこの旅のなかでそれをリアルに感じているように見える。

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