ユン・ジョンビン 『悪いやつら』 レビュー
“ハンパ者”のサバイバルを通して炙り出される韓国軍事主義
韓国の新鋭ユン・ジョンビン監督の『悪いやつら』は、1982年の釜山から始まる。
賄賂で退職の危機に陥った税関職員のチェ・イクヒョンは、押収した覚醒剤の横流しを企てたことから暴力組織の若きボス、チェ・ヒョンベに出会う。そのヒョンベは偶然にも遠い親戚だった。彼の信頼を得たイクヒョンは、公務員時代のコネや血縁を駆使して裏社会でのし上がっていく。
だが、チョン・ドゥファンの後を継いだノ・テウ大統領が1990年に組織犯罪の一掃を目指す“犯罪との戦争”を宣言すると、二人の間に亀裂が生じるようになる。
そんなドラマでは、男たちの壮絶な生き様や暴力描写が際立つが、ユン監督の関心は背景となる社会に向けられている。
映画の冒頭に映し出されるのは、陸軍士官学校で同期だったチョン・ドゥファンとノ・テウが軍服姿で肩を並べる写真だ。それは明らかに韓国の軍事主義を示唆している。『韓国フェミニズムの潮流』では軍事主義という概念が以下のように説明されている。
「集団的暴力を可能とする集団が維持され力を得るために必要な、いわゆる戦士としての男らしさ、そしてそのような男らしさを補助・補完する女らしさの社会的形成とともに、このような集団の維持・保存のための訓練と単一的位階秩序、役割分業などを自然のことと見なすようにするさまざまの制度や信念維持装置を含む概念」
長きにわたる軍事政権を通して社会に浸透してきた軍事主義の根は深い。だから、政界も、検察や警察も、暴力組織もその根元には軍事主義がある。
映画のプレスにはユン監督のこんなコメントがある。「ノ・テウ大統領が当選した後、チンピラたちが政界を力で支えているのは自分たちだと暴れ出した。彼らが問題を起こし始めたので、“犯罪との戦争”という巨大なショーが企画された」
この映画で、ボスのヒョンベは軍事主義の秩序に組み込まれている。これに対して極道でも堅気でもない“ハンパ者”のイクヒョンは、秩序に縛られることなく、同様の秩序に縛られた組織や警察を利用する。
イクヒョンはあくまで自分が生き残るためにそうしているに過ぎないが、結果として組織や警察に違いはなくなり、軍事主義が炙り出されることになるのだ。
《参照/引用文献》
●『韓国フェミニズムの潮流』チャン・ピルファ、クォン・インスク他。西村裕美編訳(明石書店、2006年)
(初出:「CDジャーナル」2013年8月号、若干の加筆)
《関連リンク》
●ユン・ジョンビン 『許されざるもの』 レビュー