マット・リーヴス 『モールス』 レビュー

Review

レーガン時代のアメリカが少年少女の孤独を際立たせる

『モールス』は、トーマス・アルフレッドソン監督のスウェーデン映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(08)のリメイクだ。オリジナルとの大きな違いは、舞台がストックホルム郊外の田舎町からニューメキシコ州のロスアラモスの田舎町に変わったことだけではない。導入部にレーガン大統領の演説が挿入される『モールス』では、レーガン時代のアメリカが物語に独特の陰影を生み出していく。

レーガンはソ連を「悪の帝国(evil empire)」と呼び、善と悪の対立の図式を強調した。善はこちら側にあり、悪は向こう側にある。雪に閉ざされた田舎町をアメリカの縮図と見るなら、アビーという少女は向こう側からそこにやって来ることになる。

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『Katrina Ballads』 by Ted Hearne

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ハリケーン・カトリーナの悲劇はどのように記憶されていくのか

リッチー・バイラークのアルバムをめぐって、文化的記憶のことを書いたら、Ted Hearneの『Katrina Ballads』のことを思い出した。Hearneは1982年生まれの若い作曲家・指揮者であり、自ら演奏したり歌ったりもする。

『Katrina Ballads』の題材は、ハリケーン・カトリーナの悲劇だ。マリタ・スターケンは『アメリカという記憶』のなかで、ベトナム戦争とエイズ流行を中心に、ケネディ暗殺、チャレンジャー号爆発事故、ロドニー・キング殴打事件、湾岸戦争などを通して、文化的記憶を論じているが、いまそのテーマに迫るとしたら、ハリケーン・カトリーナの悲劇を取り上げることだろう。

『Katrina Ballads』では、クラシック、オペラ、ゴスペル、ミニマル・ミュージック、エレクトロニック、ロック(特にギター)、ジャズ(管楽器のアンサンブルとか)、ブロードウェイ・ミュージカルといった多様なジャンルが混ざり合い、壊れた世界を再びひとつにしようとする。

『Katrina Ballads』

Hearneが創造した現代のオラトリオは、賞も受賞し、メディアから2010年のベスト・クラシック・アルバムという評価も受けているが、多くの人々にその物語が受け入れられ、共有されているのかといえば、そういうわけでもなさそうだ。少なくとも最初は厳粛な空気に引き込まれる。

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『Impressions of Tokyo: Ancient City of the Future』 by Richie Beirach



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東京点描と3・11以後、個人的な記憶と文化的記憶について

久しぶりにリッチー・バイラークのピアノを聴いた。Outnoteというレーベルの“Jazz and the City”というシリーズの一作。それぞれのアーティストが縁のある都市を選び、ソロで表現する。これまでにEric Watsonの『Memories of Paris』、Kenny Warnerの『New York – Love Songs』、Bill Carrothersの『Excelsior』といったアルバムがリリースされている。

バイラークが選んだのは東京。ジャケットには「東京点描」や「未来を映す古都」という日本語も刻み込まれている。全16曲のなかには、バイラークと交流があった日本のアーティストへの思いを込めた<Takemitsu-san>や<Togashi-san>、日本文化を題材にした<Kabuki><Zatoichi-Kurosawa><Rock Garden>といった曲が盛り込まれている。

『Impressions of Tokyo』

そうした曲のなかに、少し違和感を覚える曲名があった。14曲目の<Tragedy in Sendai>だ。この曲名は明らかに東日本大震災のことを意味しているが、このアルバムはいつレコーディングされたのだろうか。

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Rudresh Mahanthappaが切り拓くハイブリッドな世界

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文化的、伝統的、地理的な境界を揺さぶり、広がるネットワーク

読むのを楽しみにしていながらそのままになっていたall about jazz.comのルドレシュ・マハンサッパ(Rudresh Mahanthappa)のインタビューを原稿書きの合間にやっとチェック。このサイトのインタビューは基本的にボリュームがあるが、特にマハンサッパの場合は質問もたくさんあったはず。この数年、実に多様なコラボレーションを繰り広げているからだ。

それは彼がインド系であることと無関係ではない。マイナーなレーベルからアルバム・デビューした頃には、インドというレッテルを貼られ、ラヴィ・シャンカールをゲストに…みたいなアドバイスをされることもあったらしい。もちろん、彼が求めていたのはそんな音楽ではなかった。

39歳のマハンサッパと75歳のバンキー・グリーンというまったく世代の異なるアルトサックス奏者がコラボレーションを繰り広げる『Apex』(2010)は、その当時、彼がどんな音楽を求めていたのかを示唆する。

バンキー・グリーンのことは、ノース・テキサスからバークリーに出てきて音楽を学んでいるときに、サックスの講師ジョー・ヴィオラから教えられた。グリーンのアルバム『Places We’ve Never Been』を聴いてぶっ飛んだ彼は、デモテープを送り、助言を求めた。それが関係の始まりだ。

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『Natsukashii』 by Helge Lien Trio

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この北欧のジャズ・ピアニストの世界のとらえかたは独特では?

日本とアメリカでは、ノルウェーのジャズ・ピアニスト、ヘルゲ・リエン(Helge Lien)の認知度に大きな隔たりがある。日本では初期のアルバムから注目され、プロデュースにも乗り出すというように以前から認知されていたが、アメリカでは、前作『Hello Troll』(2008)が、all about jazz.comのレビューで、ほとんどのアメリカ人が知らないピアニストのアルバムとして紹介されていた。

今年リリースされたヘルゲ・リエン・トリオの新作は、アルバム・タイトルがそんな隔たりを象徴していると見ることもできる。“Natsukashii(懐かしい)”という日本語がタイトルになっているのだ。そのタイトル・ナンバーは、音の間といいメロディといい、私たちが馴染めるような楽曲になっている。

『Natsukashii』 (2011)

ただし、“Natsukashii”という言葉が、ごく普通に「懐かしい」を意味しているとは限らない。リエンの音楽については、スタイルやテクニックとは異なる部分で、世界のとらえかたに、どことなく個を超えているところがあるように思える。

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