トーマス・イムバッハ 『終わりゆく一日』 特別寄稿



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時の流れと喪失を鮮やかに浮き彫りにする普遍的な物語

2013年10月26日(土)よりユーロスペースほかで全国順次公開になるトーマス・イムバッハ監督のスイス映画『終わりゆく一日』のプレス用に上記のタイトルのレビューを寄稿しています。

この映画の世界は、ユニークな素材の組み合わせで構築されています。まず、チューリッヒにあるイムバッハの仕事部屋から見える風景の映像です。彼は窓の外に広がる見事なパノラマに魅了され、15年以上に渡って撮り続けてきました。その映像には、郊外にそびえる巨大な煙突ともくもくと立ち上る煙、青空と様々に形を変えていく雲、飛び立つ旅客機、駅を行き来する列車、そして変貌を遂げていく目の前の工場地帯などが記録されています。

次に、留守番電話に残されたメッセージです。まだ新しかったこの装置に夢中になった彼は、メッセージを消去せずに収集してきました。そこには、父親の死や息子の誕生、家庭の崩壊などにまつわる言葉が刻み込まれています。

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マルコ・ベロッキオ 『眠れる美女』 レビュー

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鍵を握るのは眠りつづける女、しかし眠っているのは本当に彼女たちだけなのか

マルコ・ベロッキオ監督の『眠れる美女』の出発点は、2009年にイタリア社会を揺るがせた尊厳死事件にある。17年前に植物状態となった娘の延命措置の停止を求める父親の訴えが最高裁でようやく認められるが、教会を始めとする世論の激しい反発が巻き起こり、保守層の支持を集めるベルルスコーニ首相は、延命措置を続行する法案を通そうとする。

この事件をそのまま映画にしていれば、おそらく賛否の単純な二元論に回収されてしまっただろう。だがベロッキオ監督は、賛否に揺れる社会を背景にして、三つの物語を並行して描き出していく。

妻の延命装置を停止させた過去を持つ政治家とそんな父親に対する不信感を拭えない娘。輝かしいキャリアを捨てて植物状態の娘に寄り添う元女優とそんな母親の愛を得られない俳優志望の息子。自殺衝動に駆られる孤独な女と不毛な日常に埋没しかけている医師。それぞれの関係には溝があるが、彼らは限られた時間のなかで根源的な痛みを知る体験をし、変貌を遂げていく。

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