ミケランジェロ・フランマルティーノ 『四つのいのち』 レビュー

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ドキュメンタリーとフィクションの境界を超え、独自のアニミズムの世界を切り拓く

イタリア出身の新鋭ミケランジェロ・フランマルティーノが監督した『四つのいのち』(2010)の舞台は、南イタリア・カラブリア州の山岳地帯だ。映画の導入部では、黙々と山羊の世話をする年老いた牧夫の生活が、静謐な映像のなかに描き出される。

だがこの牧夫はタイトルにある“四つのいのち”のひとつに過ぎない。やがて彼は息を引き取り、入れ替わるように仔山羊が誕生する。その仔山羊は群れから逸れ、樅の大木の下で眠りにつく。冬が過ぎて春になると樅の大木が切り倒され、村の祭りのシンボルとなる。そして祭りが終わると、大木は伝統的な手法で炭となる。この映画では、人間、動物、植物、無機物がサークルを形成していく。

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『The Rip Tide』 by Beirut and 『Bombay Beach』 by Alma Har’el

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訪れたことのない場所から過去や記憶のなかの場所へ

BeirutのフロントマンであるZack Condonが生み出す音楽と場所との関係は非常に興味深い。彼はニューメキシコのサンタフェで育ったが、これまでBeirutの音楽と彼のバックグラウンドに直接的な結びつきはほとんど見出せなかった。

Condonはバルカン・ブラスにインスパイアされて、Beirutのデビューアルバム『Gulag Orkestar』(2006)を作った。しかし、彼自身がバルカンを訪れ、音楽に接したわけではない。

『Gulag Orkestar』 (2006)

きっかけは、カレッジをやめてヨーロッパに行き、アムステルダムのアパートで従兄弟と暮らしていたときに、上階に住むセルビア人のアーティストがバルカン・ブラスのアルバムをがんがんかけていたことだった。

しかしCondonは、単にバルカン・ブラスに影響されてアルバムを作ったというわけではない。彼はよくインタビューで、自分が訪れたり、住んだりしたことのない「場所」により影響されることがあると語っているし、そういう指摘もされている。

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モハメド・アルダラジー 『バビロンの陽光』 レビュー



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息子・父親を探す祖母と孫の旅から浮かび上がるものとは

バグダッドに生まれ、ヨーロッパで映画・テレビの制作を学んだモハメド・アルダラジー監督は、2003年のフセイン政権崩壊後、イラクに帰国し、祖国の現実を反映した作品を撮りだした。『バビロンの陽光』は、2作目の監督作になる。

フセイン政権崩壊から三週間後、イラク北部のクルド人地区に暮らす祖母は、戦地から戻らない息子イブラヒムを探すため、12歳の孫アーメッドと南に向かう。イブラヒムは1991年の湾岸戦争で戦場に送られた。だからアーメッドは父親の顔も知らない。

ふたりが南に向かうのは、戦争でイブラヒムに命を助けられた友人が祖母に宛てた手紙に、彼が南部のナシリア刑務所に収容されていると書かれていたからだ。しかし、戦争からすでに10年以上が過ぎている。

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シュエ・シャオルー 『海洋天堂』 レビュー



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海亀になることは、他者の世界を受け入れることでもある

『海洋天堂』は、チェン・カイコー監督の『北京ヴァイオリン』の脚本家として注目を集めたシュエ・シャオルーの監督デビュー作だ。この作品は、彼女が14年間つづけた自閉症支援施設でのボランティア活動が元になっているという。

主人公は、チンタオの水族館で設備技師として働くワン・シンチョン(ジェット・リー)と、21歳になったばかりの自閉症の息子ターフー(ウェン・ジャン)だ。シンチョンは、ターフーが7歳のときに妻を亡くし、それ以来ひとりで息子の面倒を見てきた。

そんなシンチョンは、自分が末期の肝臓がんで余命いくばくもないことを知る。息子の未来を案じた父親は、彼がひとりで生きていくための土台を築くために奔走するが…。

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リサ・チョロデンコ 『キッズ・オールライト』 レビュー

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“普通の家族”は幻想だ

■■ある静かな革命的行為■■

アメリカの作家デイヴィッド・レーヴィットの『愛されるよりなお深く』には、ダニーとウォルターというゲイのカップルが登場する。彼らは都会ではなく、ニュージャージーの郊外住宅地に暮らしている。

ウォルターが郊外を選んだ理由はこのように表現されている。「彼は、ある静かな革命的行為に出る決心をした――生まれ持った性的嗜好を郊外の家庭生活のなかに織り込む。都会の土壌に根づいた同性愛の種を掘り出し、緑の庭の健全なる大地に植え変える

一方、ダニーは家庭についてこのように語っている。「七〇年代に離婚家庭や不幸な家庭に育った子供たちは、大人になると、自分には縁のなかった、だが子供心にずっと渇望してきた堅実な家庭を改めてつくろうとする。これは世代の特徴だよ、とダニーは言う

この小説が出版されたのは89年のことであり、いまではゲイのカップルが都会から郊外に移り、二人で堅実な家庭を作ろうとするだけでは「静かな革命的行為」とはいえないだろう。

それでは、リサ・チョロデンコ監督の『キッズ・オールライト』に登場するレズビアンのカップルの場合はどうか。ニックとジュールスは都会ではなく、南カリフォルニアの郊外住宅地に暮らしている。彼女たちは精子バンクを利用してそれぞれに子供を出産した。ドナーは同一人物で、ニックが産んだ娘ジョニは18歳、ジュールスが産んだ息子レイザーは15歳になっている。この映画ではそんな家族を主人公にして、ジョニが大学進学のために家を離れるまでのひと夏のドラマが描かれる。

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