スサンネ・ビア 『未来を生きる君たちへ』 レビュー



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Review

負の連鎖から生まれる復讐と自然、人間中心主義からの脱却

スサンネ・ビアの『ある愛の風景』『アフター・ウェディング』では、デンマークの日常とアフガニスタンの紛争地帯やインドのスラムが結びつけられていた。新作の『未来を生きる君たちへ』でも、デンマークの田舎町に暮らし、アフリカの難民キャンプに派遣される医師アントンを通して、異なる世界が結びつけられる。だが、ふたつの世界の位置づけには大きな違いがある。

前者ではそんな構成が、豊かで安定した社会と貧しく混沌とした社会を象徴し、物語の前提となっていた。しかしこの新作では、最初からそんな図式が崩れている。


アフリカでは“ビッグマン”と呼ばれる権力者が、妊婦や胎児の命を弄んでいる。デンマークでは、アントンの長男エリアスが、学校でいじめを受けている。それを見た転校生のクリスチャンは、いじめっ子に報復し、エリアスにナイフを贈る。次男モーテンとよその子の喧嘩を仲裁しようとしたアントンは、相手の子の父親にいきなり殴られる。その父親は、アントンがスウェーデン人であることを屈辱するような粗野で傲慢な男だ。

ビアはこの数年、9・11以後を意識して作品を作ってきた。これまではそれが、予期せぬ事態によって揺らぐ日常というかたちで表れていたが、新作では“復讐”が鍵を握る。但し、彼女が描き出すのは、やられたらやり返すという単純な復讐ではない。

たとえば、母親の死の責任が父親にあると思い込むクリスチャンは、父親と向き合うのではなく、アントンを殴った男に怒りの鉾先を向け、爆弾で復讐しようとする。別居しているアントンの妻は、夫の過去の裏切りを赦せない。力に魅了されるエリアスには、父親の非暴力が理解できない。医師の義務を果たそうとするアントンも、決して揺るぎない信念の持ち主ではない。だから難民キャンプで自分を見失ってしまう。

この映画で印象に残るのは、風を中心とした自然の映像だ。風は境界を超え、私たちの視野を広げていく。ビアは、様々な要素が絡み合い、負の連鎖から生まれる復讐を、自然という大きな世界からとらえる。そこには、人間中心主義から脱却しようとする新たな姿勢を垣間見ることができるだろう。

(初出:「CDジャーナル」2011年8月号)

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