『ゴモラ』のすすめ+ロベルト・サヴィアーノ
イタリアの歴史と結びついた“カモッラ”の軌跡を頭に入れて
ただいま発売中の「CDジャーナル」2011年10月号の映画レビューのページで筆者が取り上げているのは、マッテオ・ガッローネ監督のイタリア映画『ゴモラ』(第61回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞、第21回ヨーロッパ映画賞5部門[作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞、撮影賞]受賞)。ナポリを拠点にする巨大な犯罪組織“カモッラ”の実態をリアルに描き出した作品だが、そのレビューを補足するようなことを書いておきたい。
この映画の原作は、作家/ジャーナリストのロベルト・サヴィアーノが自らカモッラに潜入して書き上げたノンフィクション・ノヴェル『死都ゴモラ』だ。映画はこの原作から5つのエピソードを選び出し、脚色し、絡み合わせていく。そのためカモッラのいまが浮き彫りにされるが、レビューではあえてその背景に注目している。
映画のプレスに「18世紀に端を発し、イタリアで最古かつ最大の犯罪組織といわれ」と書かれているように、カモッラは新興勢力ではない。レビューでは、ジョルジョ・ボッカの『地獄 それでも私はイタリアを愛する』やクラウディオ・ファーヴァの『イタリア南部・傷ついた風土』を引用して、カモッラの軌跡がイタリアの歴史や南北問題と深く結びついていることを強調した。
ここではその意味について、レビューに書いたことを押し広げてみたい。サヴィアーノの原作は、「イタリアで100万部以上のベストセラーとなり、32か国で翻訳された。この本で2006年にジャンカルロ・シアーニ賞とヴィアレッジョ=レパチ賞を受賞。フランスのル・モンド紙をはじめ欧米各国の書評でも絶賛されている。サヴィアーノは2006年10月13日以後、警察の保護下に置かれている」(プレスより)
カモッラのメンバーがサヴィアーノへの報復を予告したため、彼は警察の保護下に置かれることになった。これに対して『薔薇の名前』のウンベルト・エーコがテレビでサヴィアーノへのサポートを訴えるといったことも起こった。
プレスに収められたプロデューサー、ドメニコ・プロカッチのコメントでは、映画の脚本に参加したサヴィアーノについてこのように触れられている。「サヴィアーノは「カモッラ」から常に脅迫されていたので脚本のミーティングに彼が参加する時は4、5人のボディーガードがいつも回りにいました」
そんな情報を目にすると、息苦しい籠城生活を想像したくなるが、実情はまったく逆のようだ。ネットにはサヴィアーノの驚くほど活発な活動を物語る映像が溢れている。テレビ番組、シンポジウム、書店のトークショーなどで熱狂的に迎えられ、熱弁をふるい、伝道師と見紛う存在になっている(↓テレビ番組を収めた2番目の映像は、サヴィアーノ自身が番組の構成を手がけているように見えるが、言葉が分からなくても興味をそそられるはず)。
ジョルジョ・ボッカは『地獄』のなかで、カモッラが「大都会で機能している唯一の職業安定所」であるとか、「ナポリでは政治とカモッラを識別するのは難しい」といったことを書いていた。ボッカの知人が、何年かナポリで暮らすうちにナポリ化し、ボッカの活動や表現を批判的にみるようになったというエピソードも印象的だった。
ボッカのような北の人間が南北問題を題材にすることは、それだけでも抵抗があるのかもしれない。サヴィアーノはナポリ生まれで、それが有利に働いているのかどうかは定かではないが、伝道師としての存在には注目すべきものがある。著書だけであれば、巨大犯罪組織の現状に対する関心だけで終わってしまったかもしれないが、その後の活動を目にするとカモッラと深く結びつくイタリアの歴史そのものを見直そうとしているようにも見えてくるからだ。
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