トッド・グラフ 『ジョイフル♪ノイズ』 レビュー

Review

トッド・グラフが喚起した心と声のフュージョン

『ジョイフル♪ノイズ』が三作目の監督作になるトッド・グラフ。彼の作品には明確な共通点がある。落ちこぼれやはみ出し者が、音楽を通して友情や恋を育み、壁を乗り越えて成長を遂げていく。

サンダンス映画祭で喝采を浴び、日本でも人気の高い監督デビュー作『キャンプ』(03)では、ゲイや肥満やもてない悩みを抱える若者たちが、サマーキャンプでミュージカルの厳しい課題に打ち込み、個性を開花させる。

二作目の『Bandslam』(09)では、デヴィッド・ボウイを崇拝するはみ出し者の高校生が、人気者の女子に音楽の知識を認められ、彼女のバンドのマネージャーになったことから、バンドのコンテストという目標に向かって人の輪が広がっていく。

『ジョイフル♪ノイズ』では、反抗的なランディや両親の間にある溝に心を痛めるオリヴィア、アスペルガー症候群に悩む彼女の弟ウォルターの関係が、音楽を通して変化していく。


そうしたドラマは、グラフの個人的な体験と無関係ではない。彼は14歳のときに両親によってパフォーミング・アートのキャンプに入れられた。よく学校をさぼり、夜に友だちと酒を飲み、車を盗んで乗り回すような問題を起こしたからだ。

彼がゲイであることも、キャラクターの造形に影響を及ぼしている。さらに両親のキャリアも見逃せない。彼の母親はピアノの先生で聖歌隊のリーダーでもあり、父親もミュージシャンだったからだ。

グラフの世界はそんな背景から生み出されているが、『ジョイフル♪ノイズ』にはこれまでとは異なるドラマがある。前二作は青春映画だったが、この新作で中心に据えられているのは母親(あるいは母親的な存在)だ。グラフは、聖歌隊のリーダーだった自分の母親をモデルにこの脚本を書いた。

そこで注目したいのが、ユダヤ系であるグラフが、なぜユダヤ教の聖歌隊ではなく、ゴスペルの聖歌隊の物語を選択したのかということだ。そのヒントは、この映画で音楽のアレンジとプロデュースを手がけているマーヴィン・ウォーレンが、1996年に音楽のプロデュースと総指揮を務めた映画『天使の贈りもの』(監督:ペニー・マーシャル/主演:ホイットニー・ヒューストン、デンゼル・ワシントン主演)にある。

実はグラフは、(クレジットはされていないが)この映画の脚本に参加していて、そのときにウォーレンに出会い、彼が切り拓くゴスペルの世界に大きな刺激を受け、いつか自分でゴスペルの映画を作りたいと思うようになった。つまり、自分の母親の記憶とゴスペルへの関心が融合して生まれたのが、この新作なのだ。

そしてもうひとつ、ゴスペル映画はグラフの出身地であるニューヨークでも作れるのに、舞台が南部に設定され、実際に南部で撮影されていることにも注目しておきたい。

南部は、他の地域に比べて伝統的に人と土地の繋がりが深い。この『ジョイフル♪ノイズ』では、母性を象徴するようなクイーン・ラティファとドリー・パートンの身体と音楽とそんな南部の土地が意識して結びつけられているように筆者には思えるのだ。

(初出:『ジョイフル♪ノイズ』劇場用パンフレット)