『海洋天堂』 『アリス・クリードの失踪』 『いのちの子ども』試写
本日は試写を3本。
『海洋天堂』 シュエ・シャオルー
『北京ヴァイオリン』の脚本家として注目を集めたシュエ・シャオルーの監督デビュー作。撮影はウォン・カーワイ作品でおなじみのクリストファー・ドイル。主演はアクションを封印したジェット・リー。末期癌で余命いくばくもない父親が、ひとり残される自閉症の息子のために奔走する。
単に親子の絆を描くだけではなく、自閉症の息子という“他者”の世界が意識されている。この映画のなかでは、自閉症の世界は海の世界として表現される。父親が勤める水族館の水槽のなかを自由に泳ぎ、水中から父親を見る息子と、水槽のガラスを隔てて息子を見る父親。
その壁がどのように消し去られるのか。映画は海で始まり海で終わるが、その間に海が象徴するものが変わっていく。
『アリス・クリードの失踪』 J・ブレイクソン
イギリスの新鋭J・ブレイクソン(1977年生まれ)の長編デビュー作。登場人物は男ふたりと女ひとりの3人。周到に練られたはずの誘拐計画。だが、意外なところに落とし穴があり、犯人と人質の心理戦がはじまる。
主人公と設定が生み出す様々な局面が、コーエン兄弟やタランティーノ、ダニー・ボイルなどの作品を想起させる。よくまとまってはいるが、この作品だけでは監督のオリジナリティがいまひとつはっきり見えてこない。次回作として、クリストファー・ノーランの懐刀ともいえる弟ジョナサンが脚本を手がけた“Hell and Gone”を監督するらしいので、そちらでは見えてくるかもしれない。
『いのちの子ども』 シュロミー・エルダール
2010年のイスラエル・アカデミー賞で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した作品。監督/撮影/ナレーションは、イスラエルの商業テレビチャンネル・チャンネル10のレポーターとしてアラブ情勢を中心に取材をつづけているイスラエル人テレビ・ジャーナリスト、シュロミー・エルダール。
免疫不全症で余命を宣告されたアラブ人の赤ん坊が、封鎖されたパレスチナ自治区ガザ地区からイスラエルの病院に運び込まれた。イスラエル人医師ソメフは、テレビ・ジャーナリスト、エルダールとともに、この赤ん坊の命を守るために立ち上がる。
この映画と直接結びつくわけではないが、イスラエル人の作家アモス・オズの自伝“A Tale of Love and Darkness”をめぐるあるエピソードのことを思い出していた。
エルサレムに住むパレスチナ人の法律家Elias Khouryの20歳になる息子が、ユダヤ人と間違えられてパレスチナ人のテロリストに殺害された。Khouryの父親も1975年に爆弾テロの犠牲になっていた。そこで彼が息子の死を無駄にしないためにやったことが、オズの自伝のアラビア語訳に出資することだった。文学がふたつの世界の架け橋になると考えたのだ。
この映画の舞台になるテル・アビブ郊外にある病院は、イスラエルのユダヤ人とパレスチナのアラブ人をつなぐ唯一の架け橋になっている。そして出口の見えない紛争が、政治や民族や宗教ではなく、家族や個人の次元から見なおされていく。心を揺さぶられるドキュメンタリー。