イエジー・スコリモフスキ・インタビュー
「私の実体験とか思いが、何らかのかたちで表れていることは間違いない」
17年ぶりに監督した『アンナと過ごした4日間』(08)で見事な復活を遂げたポーランドの鬼才イエジー・スコリモフスキ。待望の新作『エッセンシャル・キリング』(10)では、アフガニスタンにおける戦闘から始まる過酷なサバイバルが描かれる。バズーカ砲で米兵を吹き飛ばした主人公は、米軍に拘束され、拷問を受け、他の捕虜とともに軍用機と護送車でどこかに移送される。ところが、深夜の山道で事故が起こり、彼だけが逃走する。
「『アンナ~』と同じように、ポーランドの自宅の周辺を舞台にして、好きなように作れるのならもう1本撮ってもいいと思うようになった。自宅の近くに滑走路を備えた秘密の軍事施設と噂されるものがあることは知っていたが、そういう政治的な題材は、『手を挙げろ!』のことがあるので(※かつて彼はこの作品でスターリン批判をしたとされてポーランドを追われることになった)、考えないようにしていた。ところがある晩、雪の中を運転している時に、その滑走路の近くで道を飛び出してしまった。横転まではいかなかったが、映画の逃走の場面が急に思い浮かび、脚本を書き出した。でも後でポーランドでは雪が足りないことに気づき、ノルウェーに行って-35度のなかで撮影することになった」
主人公を演じるのはヴィンセント・ギャロだ。俳優としても活動してきたスコリモフスキは、『GO! GO! LA』(98)でギャロと共演しているが、どのような経緯で彼を起用することになったのだろうか。
「共演してから何度か顔を合わせているが、友人というわけではなかった。お互いにどこかでリスペクトしているところはあったが。2年前のカンヌ国際映画祭で、彼が主演したフランシス・フォード・コッポラの『Tetro』を観た。上映の後で私の前を歩いていた彼の姿に動物的なものを感じ、すぐに声をかけた。ホテルに戻って脚本を読んだ彼は、2時間後に電話してきて、どうしてもやりたいと。彼が育ったバッファローはすごく寒い所で、雪の中を裸足で走っていたと売り込んできたんだ」
ギャロはこの映画のなかで、叫び声を除くとまったく台詞を口にしない。生きるために殺し、蟻や樹皮を食べて飢えをしのぐ。たまたま通りかかった母親の母乳を吸うというシュールな場面が盛り込まれているところなどいかにもこの監督らしい。
「アラビア語であれ英語であれ主人公が何かを喋れば、観客に情報を与えすぎることになる。できる限り曖昧なかたちで進め、想像できるようにしたかった。シュールな場面は大好きで、確かに意識している。リアルな世界のなかにシュールでビザールな一面をさり気なく盛り込み、やり過ぎないようにする必要がある」
雪に覆われた森を彷徨うこの異邦人の姿には、故郷を喪失したディアスポラとしてヨーロッパやアメリカを転々としてきたスコリモフスキ自身を垣間見ることができる。
「その通りだ。どこまで出すのかが難しいところだが、私の実体験とか思いが、何らかのかたちで表れていることは間違いない」
《関連リンク》
●ヴィンセント・ギャロ・インタビュー(『バッファロー’66』)
(初出:「CDジャーナル」2011年8月号)
●amazon.co.jpへ