想田和弘監督インタビュー 『演劇1』『演劇2』:虚構とリアル―人間はなぜ演じるのか その一
平田オリザ作品の方法論
“観察映画”で注目を集める想田和弘監督の最新作『演劇1』『演劇2』の題材は、日本の演劇界で異彩を放つ平田オリザと彼が主催する劇団・青年団だ。これまでの観察映画を振り返ってみると、第1弾『選挙』の主人公、「山さん」こと山内和彦が想田監督の大学時代のクラスメートで、第2弾『精神』の舞台「こらーる岡山」が、NPOを運営する想田監督の義母と関わりのある精神科診療所だったように、その題材にはニューヨーク在住の想田監督と個人的な繋がりがあった。では、平田作品とはどのように出会い、どんな関心を持っていたのだろうか。
「2000年にニューヨークで『東京ノート』を観たのが最初です。その時は不勉強で平田オリザさんの名前ぐらいしか知らなかったんですが、大袈裟な演技とか翻訳口調の台詞など、僕が敬遠気味のいわゆる演劇臭さみたいなものが一掃されていることに作り手の強い意志を感じました。僕がまだ駆け出しのテレビ・ディレクターで、ドキュメンタリーの難しさに直面している時期でした。目の前の現実にカメラを向けた途端に、なにかよそよそしいものになってしまう。ドキュメンタリーですら『リアル』をとらえるのが難しいのに、それを舞台上でやってのけてしまうことに途轍もないものを感じたんですね。それで、06年に別の作品で来られたときにも拝見したんですが、鳥肌が立ちました。『これは絶対に確固たる方法論があるはずだ』と直観し、平田さんの本を読み漁ると、やっぱりそう。ちょうど僕自身、『選挙』の編集中で、観察映画という方法論を自分なりに編み出そうとしていた時期だったので、なんかもうビンビンに響いてきたんです」
佐藤真さんの存在
この新作では、想田監督のカメラが平田オリザに貼りつき、自在に動き回り、彼と青年団の活動を多面的に映し出していくが、撮影に関して制約はなかったのだろうか。
「全然なかったですね、ものすごいオープンでした。撮影を申し込む手紙には、『稽古や執筆など平田さんの演劇の作り方から、公演の準備や助成金の申請など劇団の運営方法にもカメラを向けたい』と書いていました。また、『選挙』のDVDも送ってました。そのせいか、プロジェクトの説明のために初めて平田さんに会いに行ったときも、平田さんは僕のやりたいことは完璧にわかっている感じでした。僕の説明をまだ2、3分くらいしか聞いてないのに、『で、いつやります?』って(笑)。すでに撮影の受け入れを決めてるんですよ。これには面食らいましたね。ドキュメンタリーを撮るというのは相当なコミットメントなので、こちらにも覚悟がいる。だから自分から提案していても、実は100パーセント『撮る』とは腹が固まっていなかったんです。でもその面食らっている時に、平田さんが、『実は生前の佐藤真さんが同じような企画を立てていて、一緒にやりましょうという話をしていたんです』と仰って、それで覚悟ができました。僕は佐藤さんの影響でドキュメンタリー映画の道に入ったところがあるし、『選挙』が世に出る過程でもすごくお世話になって。その佐藤さんが平田さんの演劇を撮ろうとしていたとは。しかも撮らずに亡くなってしまった。その名前が出た時点で、これをやらないでどうするんだって思いました」
不自然な操作と自然なリアル
観察映画という独自の方法論は、撮影に入る前にリサーチをせず、先入観を排除して観察に徹することが大前提になっている。つまり、最初から明確なテーマがあるわけではなく、それは後から見えてくるものなのだ。しかし、この新作の場合、想田監督は平田の本を読み、方法論などがすでに頭に入っている。そこから大前提に立ち返るのは難しいことではなかったのだろうか。
「ものすごく難しかったです、稽古を撮るのに本当に苦労して。いくらリセットしたつもりになっても、事前情報は頭の中にあるわけで、それに引きずられるんですね。例えば、平田演劇は、舞台上の人物がすべて等価というか、主役と脇役とか、重要な部分とそうではない部分というものがない。そのことを僕は知っているので、芝居の全部を万遍なくとらえたくなってしまう。するとカメラが引き気味になり、あちこちで起きるアクションを追いかけようとするので、どうしても受け身のカメラワークになる。要するにつまらない画しか撮れない。そんな状態で3週間近く過ぎてしまい、戦略を立て直そうとしたときに、観察映画の基本姿勢を忘れていることに気づきました。観察映画というのは、自分が出会ったものを描く。逆にいうと出会わなかったものは描かないという引き算の発想なんですね。だから原点に返るならクローズアップで攻めるべきだと考え、初めて成功したと思ったのが、『東京ノート』の稽古シーンでした」
そのシーンも出てくる『演劇1』では、平田演劇の方法論や哲学が掘り下げられる。稽古では同じシーンが延々と繰り返され、平田が台詞の速度や間、トーンなどを厳密に調整していく。舞台上のリアルな演技は、そんな不自然な操作から生み出されている。一方、『演劇2』では、劇団の経営戦略に始まり、地域活性化や教育現場への普及など演劇の可能性を見直すための取り組み、そしてロボットを俳優として使用する「ロボット演劇」への挑戦など、未来を見据えた多方面に渡る活動が描き出される。
「映像素材を観ながら、編集の早い段階から一本には収まらないという予感がありました。決定的だったのは、(青年団の役者、志賀廣太郎の誕生日を祝う)サプライズ・パーティのシーンで映画を締め括りたかったことです。あれは『家宅か修羅か』の一場面を使ったものなので、『家宅か修羅か』自体の印象が強くないと活きてこない。平田さんの社会的な活動のシーンを組み入れようとすると、それが夾雑物になってしまって、強度が落ちてしまう。そこで『平田演劇と社会』という括りに入りそうなものは別立てでやることにしたわけです。でも、(『演劇1』を)あのシーンで終えるのはかなりの離れ業だったんですよ。『家宅か修羅か』のツアーに出るための稽古なのに、本番の後でまだ稽古していて自然に見えなければいけないわけですから。相当に不自然な時系列の入れ替えをしている。平田演劇はものすごく不自然な操作を通して、自然に見える虚構を作るわけですけど、観察映画も実はそうなんですね」
(想田和弘監督インタビュー 『演劇1』『演劇2』 その二につづく)