『ウィンターズ・ボーン』のすすめ

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ヒルビリーに対する先入観を拭い去り、神話的な世界を切り拓く

ただいま発売中の月刊「宝島」2011年11月号(10月25日発売)の連載コラムで取り上げているのは、新鋭女性監督デブラ・グラニックの長編第2作『ウィンターズ・ボーン』(10月29日公開)だが、この映画にはとにかくはまった。観る前からそういう予感はしていた。単に多くの賞を受賞しているだけではなく、評価のされ方が、筆者の大好きなコートニー・ハントの『フローズン・リバー』とよく似ていたからだ。

『フローズン・リバー』は、サンダンス映画祭でグランプリ受賞し、アカデミー賞で主演女優賞とオリジナル脚本賞にノミネートされた。『ウィンターズ・ボーン』は、サンダンス映画祭でグランプリと脚本賞を受賞し、アカデミー賞で作品賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞の4部門にノミネートされた。そこで、おそらく骨太な作品で、しかも女性監督と女優の共同作業がしっかりとしたキャラクターを生み出しているのではないかと勝手に想像していたのだが、実際の作品は期待以上だった。


コラムで取り上げているので、内容には触れないが、この映画を味わうためには、アパラチアやミズーリ州オザーク地方に暮らし、ヒルビリーと呼ばれる山の民についていくらか頭に入れておくべきだろう。

たとえば、マイクル・C・ホワイトのミステリ小説『夢なき者たちの絆』はその参考になる。産婦人科医にしてパートタイムの検視官でもあるスチュアート・ジョーダンを主人公にした物語は、ヒルビリーが鍵を握る。ジョーダンはニューイングランドからノースカロライナにやって来たよそ者で、最初はヒルビリーのことをよく知らなかった。

初めてこの地へやってきたころ、わたしはアパラチアの人々に関する自分の知識が『じゃじゃ馬億万長者』や『リル・アブナー』の範囲にとどまっていると認めるのが気まずかった。わたしにとって、彼らはひとり残らず山の人なのだ――南部山地の住民も僻地の住人も未開地の人間も

しかし、そこに長く暮らすうちに違いがあることを理解するようになる。その違いは、外部の一般社会にどこまで同化しているかで決まる。ジョーダンは、そうした分類の最後にくる人々のことをこのように説明する。

根っからの、正真正銘の山の民だ。山男。彼らは伝統や独立心を売り払わなかった、放棄しなかったというので尊敬され崇められる一方で、あざ笑われたり蔑まれたりもする。おそらくこれは、彼らの存在が町の住民に自分たちは赤い粘土にまみれながらさんざん苦労してきたのだという過去を思い出させるからだろう。わたしはそのことを、発言する人物や口調から学んできた。“山の連中”とは賛辞でもあれば挑発でもあるのだ。この最後のグループは結束の強い大人数の弧絶した一族から成り立っている

『ウィンターズ・ボーン』にもまさにそういう一族が登場し、若いヒロインの運命を左右することになるので、こうしたことを頭に入れておいても無駄ではないだろう。グラニック監督は、排他的なヒルビリーの世界に踏み込み、リアルに描き出している。

さらに、音楽にも注目しなければならない。ヒルビリーと音楽は切っても切れない深い関係にある。たとえば、作家・ブルーグラス奏者の東理夫はその著書『アメリカは歌う。』のなかでこのように書いている。

アパラチアに住む人びと、あるいはアパラチアに血族を持つ人びとは、ヒルビリーと呼ばれて蔑まれてきた。カントリー・ミュージックは長い間、ヒルビリー・ミュージックだった。無学で差別主義者で、すぐに暴力沙汰を起こす人間とみなされ、レッドネック(屋外労働者)、クラッカーズ(貧乏白人)、ホワイトトラッシュ(白人の屑)などとも呼ばれてきた

この映画では、ヒルビリーの世界に踏み込むことで、彼らの音楽の印象も変わっていくことになる。このブログの音楽のテキストもお読みの方は筆者がバンジョーにかなり関心を持っていることに気づかれると思うが、この映画ではそのバンジョーが象徴的に描かれている。グラニック監督はプレスのインタビューのなかで、バンジョーについてこのように語っている。

「例えば『脱出』(72/ジョン・ブアマン監督)から35年以上経った今でも、バンジョーは(偏見を助長するような)含みのあるシンボルであることに変わりはない。でも南ミズーリでの私たちの旅を通して、“バンジョーたち”はもっと叙情的で魅力的な存在であり続けたわ。この映画では最終的にそのバンジョーの弾き手のひとりが、希望と忍耐力で自分の道を切り開いていく。私にはそのことが、固定観念に対する新しいイメージの始まりになるのではないかと思ったの」

ヒロインを演じるジェニファー・ローレンスは、『あの日、欲望の大地で』で初めて見たときにも心を奪われたが、この映画でも存在感が際立ち、魅了される。

《引用文献》
●『夢なき者たちの絆』(上・下)マイクル・C・ホワイト 汀一弘訳(扶桑社ミステリー、2002年)
●『アメリカは歌う。歌に秘められた、アメリカの謎』東理夫(作品社、2010年)

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