Julia Kent 『Green and Grey』 レビュー
ニューヨーク在住のチェリストが紡ぎ出す自然と都市と人間のサウンドスケープ
カナダ出身で、ニューヨークを拠点に活動するチェリスト、ジュリア・ケント(Julia Kent)は、インディアナ大学でクラシックとチェロを学んだが、クラシックの音楽家になりたいと思っていたわけではなかった(ちなみに彼女の姉妹のジリアン・ケントは、クラシックのバイオリニストとして活躍している)。
そんな彼女は、学校を出てからしばらくジャーナリズムの世界で仕事をしたあと、3本のチェロを中心にしたオルタナティブなバンドRasputinaのオリジナル・メンバーになり、チェリストとしてのキャリアをスタートさせる。そして、90年代末にバンドを離れた後は、Antony and the Johnsonsのメンバーとなる一方で、Burnt Sugar the Arkestra Chamber、Leona Naess、Angela McCluskeyなど様々なミュージシャンたちとセッションを繰り広げていく。
ジュリアが2007年にリリースした最初のソロ・アルバム『Delay』は、そんな活動と無関係ではない。彼女はAntonyやその他のグループとのツアーで訪れた各国の“空港”にインスパイアされて、このアルバムを作った。
アルバムに収められた11曲のタイトル、<Gardermoen><Idlewild><Elmas><Barajas><Fontanarossa><Arlanda><Dorval><Venizelos><Schiphol><Tempelhof><Malpensa>は、すべて空港の名前から取られている(詳しくは書かないが、ほとんどはヨーロッパの国々にある空港だ)。
アルバムのタイトルの“Delay”には複数の意味がある。ひとつは、飛行機の遅延を意味している。もうひとつは、ディレイやリバーブによってループを生み出し、音を自在に重ねていく彼女のスタイルを意味している。
ジョン・トムリンソンは『グローバリゼーション』(青土社、2000年)のなかで、空港とグローバリゼーションが結びつけられる理由をこのように書いている。「なぜなら、世界中の空港ターミ ナルがどれも似たようなものであることは否定しようもないからだ。異なる文化的空間への出口や入口は、これまでたびたび指摘されてきたように、奇妙なまで に画一的で標準化されている」
ジュリアは、ある場所から別の場所に移動するあいだにあるこの奇妙な中間地帯で、ときとして混乱を覚えることがあったらしい。『Delay』では、そんな体験をもとに、パブリックな空間から非常にエモーショナルでメランコリックなサウンドが生み出されている。
そして、EP『Last Day In July』(2010)を経てリリースされた2枚目のソロ・アルバム『Green and Grey』(2011)でも、対象はまったく異なるが、やはり狭間の空間が意識されている。タイトルの“Green”は自然界を、“Grey”は人間界(彼女が暮らすニューヨークというべきか)を意味している。
ジュリアはこのアルバムのために様々なフィールド・レコーディングを行い、採取した自然の音をインスピレーションの源として、ループ・サウンドを作り上げている。ただし、このアルバムで意識されている自然は、必ずしも都市から遠く離れた自然ではない。彼女は日常生活の周辺で自然をとらえている。
フィールド・レコーディングで採取されているのは、蝉の合唱や草むらに響く虫の鳴き声、雨音といった自然だけではない。<Ailanthus>は採取された足音から始まるが、それだけではなく背後にかすかな風の音や虫の声を聞き取れる。<Acquario>に響く水の音は、水槽のエアポンプから出てくる泡の音だと思われる。別の曲では、フロントガラスをこするワイパーの音なども収められている。
このアルバムでは、そうしたフィールド・レコーディングが曲のリズムの出発点となり、パーカッシブなタッチや微妙にノイジーな響きを意識したループのなかで、自然と都市と人間が交差していく。
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