『Suno Suno』 by Rez Abbasi’s Invocation

Listning

カッワーリーの一体性と精神性によってジャズに新たな血と知を注ぎ込む

筆者のお気に入りのギタリスト、レズ・アバシ(Rez Abbasi)のニューアルバムが素晴らしい。“Invocation”というグループ/ユニット名をアルバムで名乗るのはこれがはじめてだが、2009年にリリースした『Things To Come』と基本的にメンバーは同じであり、実質的には『Things To Come』がInvocationのファーストで、こちらがセカンドということになる。

メンバー構成は、ギターと全曲の作曲がリーダーのレズ・アバシ、サックスがルドレシュ・マハンサッパ(Rudresh Mahanthappa)、ピアノがヴィジェイ・アイヤー(この三人については何度も取り上げているので説明はいらないだろう)、ベースがヨハネス・ワインミュラー(Johannes Weidenmueller)、ドラムスがダン・ワイス(Dan Weiss)。

『Things To Come』の時には、このクインテットに、インド系カナダ人(現在はニューヨーク在住)のヴォーカリストで、アバシ夫人でもあるキラン・アルワリア(Kiran Ahluwalia)が4曲に、チェロのマイク・ブロックが2曲に加わっていた。今回は完全にクインテットで勝負している。

『SUNO SUNO』


『Suno Suno』に『Things To Come』とは異なるパワーが漲っているのには理由がある。アバシはこれまで、アルワリアとお互いにいい影響を与え合い、音楽性を発展させてきた。その繋がりに変わりはないが、ここにきてそれぞれに個性や新たな方向性を強く打ち出すようになった。

アバシの場合は、二枚のInvocation作品の間にリリースしたアコースティック・カルテットRAAQによる『Natural Selection』がそれを物語る。簡単にいえば、これまで培ってきたものを、パキスタン/インド音楽よりも、よりジャズに引きつけたところで展開しようとしている。

『Natural Selection』

これに対して、アバシとジャスティン・アダムズがプロデュースを手がけたアルワリアのニューアルバム『aam zameen : common ground』は、より大胆にグローバルな方向性を打ち出している。こちらもすごくいいアルバムで、近いうちに取り上げるつもりなので、ここでは詳しく触れない。

では、アバシとアルワリアがまったく違う方向に進んでいるのかといえば、決してそんなことはない。たとえば、それは、スタイルは違うのに、どちらもパキスタンのカッワーリーの第一人者だったヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの音楽を強く意識していることでもわかる。

『Natural Selection』にも、『aam zameen : common ground』にも彼の曲が取り上げられている。そして『suno suno』でアバシが強く意識しているのもカッワーリーが生み出す一体性なのだ。ちなみに、Invocationには、儀式のはじめに唱える祈祷の意味があり、カッワーリーと無関係ではない。

さらにもうひとつ意識されているのが、60年代のジャズ、特にインドへと接近していったコルトレーン・カルテットだろう。アバシは、カッワーリーのスピリチュアリティを取り込むことで、現代にそんなサウンドを新たに生み出そうとしている。

その方向性は、ヴィジェイ・アイヤーやルドレシュ・マハンサッパのそれともうまく絡む。アイヤーは『Historicity』や『tirtha』で明らかに60年代のジャズやコルトレーンを意識していた。マハンサッパの『Kinsmen』や『Apti』には、ミンガスやオーネット・コールマンを髣髴させる要素があった(本人にはそんな意識はないかもしれないが)。

それからアルバムのタイトルにも注目すべきだろう。suno sunoは英語にするとlisten listenになるという。アバシが求めているのは、個人が高度なテクで自己主張する音楽ではなく、相手を受け入れ、カッワーリーのように境界がなくなるような一体性といえる。

筆者はアバシの『Things To Come』のレビューで、インドの経済学者アマルティア・センの『議論好きなインド人――対話と異端の歴史が紡ぐ多文化世界
』を引用しつつ、アバシ、アイヤー、マハンサッパの音楽には、他者を受容し、音楽で対話するインド的な特性があるというようなことを書いたが、彼らはまさにそういう感覚を拡張し、ジャズに新しい血と知を注ぎ込もうとしているように見える。

《関連リンク》
『情熱の炎(Mustt Mustt)』ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン レビュー

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