ステファン・ロブラン 『みんなで一緒に暮らしたら』 レビュー

Review

死を制御するシステム、そして現実世界や時間からの解放

フランス映画界の新鋭ステファン・ロブランが監督した『みんなで一緒に暮らしたら』の主人公は、それほど遠くない未来に死が訪れるであろう5人の老人たち(2組の夫婦と独身者)だ。この映画では、昔から互いの誕生日をともに祝ってきた彼らが始めた共同生活が、ユーモアを交えて実に生き生きと描き出される。

なぜ老人たちはそんなことを始めるのか。きっかけは、老いてなお盛んな独身者が、デート中に発作を起こし、彼の息子によって老人ホームに入れられたことだ。ホームを訪れた仲間たちは、「大切な友をこんな所で死なせられない」と宣言し、彼を勝手に連れ出し、そこから5人の共同生活へと発展していく。

今年(2012年)公開されたニコラウス・ゲイハルターのドキュメンタリー『眠れぬ夜の仕事図鑑』では、夜に活動する様々な人々の姿を通して、治安が維持され、医療制度が充実したヨーロッパという世界が浮き彫りにされていた。そこには、新生児医師、自殺防止ホットラインの相談員、老人ホームの介護職員や火葬場職員などの現場が映し出され、誕生から死に至る人の一生が様々なかたちで制御されていることを示唆する。

続きを読む

リュック・ベッソン 『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』 レビュー

Review

リュック・ベッソンとミシェル・ヨーが魅せる、
新たなキャリアの一歩

リュック・ベッソン監督の新作『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』では、祖国と家族のはざまで過酷な現実と向き合い、困難を乗り越えてきたアウンサンスーチーの半生が描き出される。

それは、ベッソンのフィルモグラフィを踏まえるなら意外な題材といえる。彼はこれまで、たとえ荒唐無稽に見えようとも、現実に縛られることなく自己の感性に忠実に、独自の世界やキャラクターを創造してきた。そんなベッソンが、事実に基づく物語に挑戦するとなれば、これは注目しないわけにはいかないだろう。

その結果は、予想以上に素晴しく、見応えのある作品になっていた。この映画では、現実から逸脱するような表現は影を潜めているが、だからといって現実に妥協しているわけではなく、しっかりと踏み込んでいる。そして、ミシェル・ヨーから渡された脚本を読んだベッソンが、どんなところに心を動かされ、監督に名乗りを上げたのかがわかる気がしてきた。

続きを読む

『ヒンデンブルグ 第三帝国の陰謀』 『愛、アムール』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『ヒンデンブルグ 第三帝国の陰謀』 フィリップ・カーデルバッハ

1937年に起こった巨大飛行船ヒンデンブルグ号の爆発炎上事故を題材にしたドイツ映画。もとはテレビ映画として製作された作品で、グレタ・スカッキやステイシー・キーチなども出演している。もともと180分だったものを110分に刈り込んでいるので、いきなりかと思うところもないではないが、非常に手堅い演出で破綻はしていない。

70年代に同じ事故を題材にしたロバート・ワイズ監督の『ヒンデンブルグ』という作品があった。詳しいことは覚えていないが、飛行船に爆弾を仕掛ける目的は“反ナチス”だった。この映画の場合には、グローバリゼーションの時代を意識したような経済に関わる背景が盛り込まれている。

続きを読む

ロネ・シェルフィグ・インタビュー 『ワン・デイ 23年のラブストーリー』



トピックス

ある一日の意味、水のイメージ、音楽と時の流れをめぐって

『幸せになるためのイタリア語講座』や『17歳の肖像』で知られるロネ・シェルフィグ監督の新作『ワン・デイ 23年のラブストーリー』は、デイヴィッド・ニコルズの同名小説の映画化だ。

主人公は、作家を目指す堅実なエマと自由奔放で恋多き男デクスター。映画ではイギリスとフランスを舞台に、大学の卒業式で初めて言葉を交わした二人の23年に渡る歩みが、7月15日という「1日」だけを切り取って描き出される。もちろんその日に何か特別なことが起こるとは限らない。

結婚するとか、子供が生まれるというような記念日がすべて同じ日になることはありえません。それが、原作者が本の中に作り出したゲームなのです。人生の中で特別ではなかった日が、実はとても大事なのかもしれないということを教えてくれます。「二人が初めて一夜を共にしたのに、その日を目撃できないなんて!」と思うこともありました。でも、そこがとても優雅で映画的だと思います。しかも、最後に秘密が明かされた時に、なぜこの一日が描かれていたのかがわかります

続きを読む

ミシェル・アザナヴィシウス 『アーティスト』 レビュー

Review

サイレント映画から新たな魅力を引き出す現代的なアプローチ

サイレント映画がなぜそれほど大きな注目を集めるのか? ミシェル・アザナヴィシウス監督の『アーティスト』が世界の映画賞を席巻しているという話題を耳にしたとき、筆者はそんなふうに感じていた。しかし実際に作品を観て、理由がよくわかった。これはかつてのサイレント映画を単純に現代に甦らせただけの作品ではない。そこにはサイレントというスタイルに対する現代的なアプローチが見られる。

筆者がまず面白いと思ったのは導入部の表現だ。映画は、ジョージ・ヴァレンティン主演の新作『ロシアの陰謀』が上映されているところから始まる。私たちはいきなりサイレント映画のなかでもう一本のサイレント映画を目にする。劇中のスクリーンでは、ジョージ扮するヒーローの活躍が描かれる。さらに新作の映像だけではなく、客席の様子も映し出される。そのとき私たちは、観客が息を呑んだり、拍手をしたりする姿から、スクリーンで起こっていることを想像している。

続きを読む