クロード・ガニオン 『カラカラ』 レビュー

Review

禅の世界に通じる喪失と再生の物語

新しい世紀に入って再び日本で映画を作るようになったクロード・ガニオン監督にとって、『カラカラ』(12)は、『リバイバル・ブルース』(03)、『KAMATAKI‐窯焚‐』(05)につづく新作になる。この三作品を対比してみると、新作では前の作品に見られたモチーフがかたちを変えて引き継がれ、掘り下げられていることがわかる。

『リバイバル・ブルース』に登場する健は、かつて親友の洋介とバンドという夢を追いかけたが、堅実な人生を歩む決断をしたことで夢は終わりを告げた。この映画ではそんな健が、末期癌の洋介の最期を看取ることになる。『カラカラ』の主人公ピエールは、二年前に親友を喪った。かつて二人にはソーラーハウスという大きな夢があったが、ピエールはそれを捨て、安定や社会的地位を選んだ。

『KAMATAKI‐窯焚‐』に登場する日系カナダ人の若者ケンは、父親を喪った哀しみから立ち直れず、自殺をはかった。そんな彼は陶芸家である叔父の窯元を訪ね、信楽焼の陶器に言葉では表現しがたいなにかを感じたことがきっかけで、再生を果たしていく。『カラカラ』にも異文化との出会いがある。喪失と死の不安に苛まれるピエールは、沖縄県立博物館で目にした人間国宝・平良敏子が織った芭蕉布になぜか強く惹きつけられていく。

続きを読む

トマス・ヴィンターベア 『偽りなき者』 レビュー

Review

コミュニティが不可視の集団へと変わるとき

トマス・ヴィンターベア監督の新作『偽りなき者』の出発点は、〝ドグマ95〟の第一弾として世界的な注目を集めた彼の『セレブレーション』(98)まで遡る。

映画が公開された後で、この監督と同じ通りに住む著名な精神科医が、映画の内容に関心を持ち、直接訪ねてきた。そして、研究事例の資料を差し出し、それを映画にすべきだと提案した。ヴィンターベアは資料を受け取ったものの、すぐに目を通すことはなかった。

『セレブレーション』では、自殺した双子の妹とともに幼い頃に父親から性的虐待を受けていた主人公が、父親の還暦を祝う席で苦痛に満ちた過去を暴露する。精神科医が注目するのもよくわかる題材ではあるが、コミューンで育ったヴィンターベアが最も関心を持っていたのは、おそらく集団の心理だった。だから資料を放置したのだろう。

しかしそれから10年後、離婚も経験したヴィンターベアは精神科医が必要になり、彼に連絡をとった。もちろん礼儀として資料にも目を通した。そして衝撃を受けた。

続きを読む

今週末公開オススメ映画リスト2013/03/14

週刊オススメ映画リスト

今回は『汚れなき祈り』『偽りなき者』『ある海辺の詩人―小さなヴェニスで―』『シャドー・ダンサー』『クラウド・アトラス』の5本です。非常に見応えがあって、奥の深い作品が並んでいます。

おまけとして『ひまわりと子犬の7日間』のコメントをつけました。

『汚れなき祈り』 クリスティアン・ムンジウ

2005年にルーマニアで実際に起こった「悪魔憑き事件」に基づいた作品ですが、決してその忠実な再現というわけではなく、ムンジウ監督の独自の視点がしっかりと埋め込まれています。

『汚れなき祈り』試写室日記でも書きましたが、この監督の素晴らしいところは、まずなによりも、限られた登場人物と舞台を通して、社会全体を描き出せるところにあると思います。カンヌでパルムドールに輝いた前作『4ヶ月、3週と2日』(07)では、チャウシェスク独裁時代の社会が、本作では冷戦以後の現代ルーマニア社会が浮かび上がってきます。

その前作がふたりの女子大生と闇医者、本作がふたりの若い修道女と神父というように、時代背景がまったく異なるのに、共通する男女の三角形を軸に物語が展開するのは決して偶然ではありません。ムンジウ監督が鋭い洞察によってこの三角形の力関係を掘り下げていくとき、闇医者や神父に権力をもたらし、若い女性たちから自由を奪う社会が炙り出されるということです。

この『汚れなき祈り』の劇場用パンフレットに、「社会を炙りだすムンジウの視線」というタイトルで、長めのコラムを書かせていただきました。自分でいうのもなんですが、なかなか読み応えのある内容になっているかと思います。劇場で作品をご覧になられましたら、ぜひパンフもチェックしてみてください。

続きを読む

ジェームズ・マーシュ 『シャドー・ダンサー』 レビュー

Review

男同士のホモソーシャルな連帯と女たちの孤独と心の痛み

ジェームズ・マーシュ監督の『シャドー・ダンサー』の舞台は、1993年の北アイルランドとロンドンだが、その前に70年代前半に起こった悲劇を描くプロローグがある。当時まだ子供だったヒロインのコレットは、弟を喪うという悲劇によってIRAの一員として前線に立つことを宿命づけられる。

1993年、息子を育てる母親でもあるコレットは、ロンドンの地下鉄爆破未遂事件の容疑者として拘束される。そして彼女の前に現れたMI5(イギリス諜報局保安部)の捜査官マックから、息子と引き離された刑務所生活を送るか、内通者になるかの二者択一を迫られる。

コレットは悩みぬいた末に息子との生活を選ぶ。だが、マックは上司であるケイトの振る舞いに不自然なところがあるのに気づき、探っていくうちに、自分とコレットが難しい立場に立たされていることを悟る。ケイトと上層部は、すでに別の内通者“シャドー・ダンサー”を抱えていて、その人物を守るためにコレットをスケープゴートにしようとしていた。

監督のジェームズ・マーシュは、プレスでは『マン・オン・ワイヤー』が代表作として強調されているようだが、筆者にはなんといっても『キング 罪の王』だ。

続きを読む

小林啓一 『ももいろそらを』 レビュー



Review

新聞で世界を採点していたヒロインが、新聞を作り自分を採点するとき

最近観た邦画の劇映画のなかで抜群に面白かったのが、小林啓一監督の『ももいろそらを』だ。主人公は16歳、高校一年の川島いづみ。彼女の日課は、新聞を読み、記事を採点することだ。世の中はろくでもないニュースで溢れているので、紙面にはマイナスの数字が増えていく。

ある日、いづみは大金の入った財布を拾うが、わけあって持ち主や交番に届けることなく持ち歩き、それぞれ別の学校に通う友だち、蓮実と薫と合流する。そこで財布のことを知った蓮実が舞い上がる。持ち主が一学年上のイケメン男子、佐藤光輝と判明したからだ。蓮実の下心もあって、3人は直接、本人に財布を返却する。

だが後日、いづみのバイト先に光輝が現われる。財布の金が減っていて、いづみに宛てた借用書が紛れ込んでいるのに気づいたからだ。弱みのあるいづみは、光輝の提案で、病院に入院しているある人物を元気づけるために、蓮実と薫も誘って良いニュースを集めた新聞を作ることになる。

この映画は一見すると、場の空気や即興性を重視し、長回しで登場人物たちを生き生きととらえる作品のように見える。しかし実はとんでもなく緻密に作り込まれ、その上ですべてが自然に見えるように演出されている。とてもこれが長編デビュー作とは思えない手並みだ。

続きを読む