『シチリアーノ 裏切りの美学』|ニューズウィーク日本版のコラム「映画の境界線」記事+おまけのトリビア



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80年代のマフィア戦争から歴史的な大裁判、『シチリアーノ 裏切りの美学』

ニューズウィーク日本版のコラム「映画の境界線」の2020年8月27日更新記事で、実話に基づくマルコ・ベロッキオ監督の『シチリアーノ 裏切りの美学』(19)を取り上げました。

イタリアのパレルモを主な舞台に、1980年から90年代半ばに至るシチリア・マフィア、コーザ・ノストラの激動の時代を、マフィアが守るべきオメルタ(沈黙の掟)を破って司法当局に協力したトンマーゾ・ブシェッタの視点を中心に描いた作品です。

本作は、一連の事件の全体像や歴史的な位置づけを頭に入れておくと、戦後の近代化、労働者階級と中流階級、反マフィア運動、冷戦の終結といったシチリア社会や国際情勢の変化と登場人物たちの変化が密接に結びついていることがわかりより興味深く思えます。

ここからはおまけのトリビア。証言を始めた主人公ブシェッタは、反マフィアの先頭に立つファルコーネ判事に対して、昔の組織には倫理観があったといって、こんなことを語ります。「例えば支部長のフィリッポーネですが、市電に乗り、極貧で死んだんです」。

この支部長については、それだけしか触れられないので記憶に残らないと思いますが、ファブリジオ・カルビの『マフィアの帝国』(JICC出版局、1991年)によれば、ブシェッタは30年たってもファミリーの見習い時代を思い出し、当時のボスのことを考えると感情が揺れ動くのを抑えられなくなったといいます。そのボス、フィリッポーネがどんな人物だったのかについては、以下のように綴られています。

「ぜいたくな暮らしは、がんこにこばみとおした人物だった。彼ほどの立場になれば、運転手付きの自家用車の一台ぐらいはもって、ボディーガードの数人も連れて出歩くのがふつうなのに、もう七十歳という高齢にもかかわらず、あいかわらず市営バスに乗ってパレルモの町を走りまわっていた」

コラムをお読みになりたい方は以下のリンクからどうぞ。

80年代のマフィア戦争から歴史的な大裁判、『シチリアーノ 裏切りの美学』

2020年8月28日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

アリーチェ・ロルヴァケル 『夏をゆく人々』 レビュー

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理想化され、利用される伝統から抜け出すことで、少女は成長を遂げる

筆者ホームページ“crisscross”の方に、イタリアの新鋭女性監督アリーチェ・ロルヴァケルの長編第2作『夏をゆく人々』(14)のレビューをアップしました。カンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた作品で、アリーチェの姉で女優のアルバ・ロルヴァケルやモニカ・ベルッチが出演しています。アリーチェのデビュー作『天空のからだ』(11)にも言及しています。レビューをお読みになりたい方は以下リンクからどうぞ。

アリーチェ・ロルヴァケル 『夏をゆく人々』 レビュー

パオロ・ソレンティーノ 『グレート・ビューティー/追憶のローマ』 レビュー



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永遠と喪失の狭間で

スイスにあるホテルを舞台にしたパオロ・ソレンティーノ監督の『愛の果てへの旅』(04)には、ホテルのラウンジで主人公の近くに座っている女性客が彼女の友人に、フランスの作家セリーヌの『夜の果てへの旅』の一節を読んで聞かせる場面があった。『グレート・ビューティー/追憶のローマ』は、同じ小説の冒頭部分の引用から始まる。このセリーヌの言葉はドラマと深く結びついているが、まず注目したいのは旅への言及だ。

ソレンティーノは、主人公の内なる旅を繰り返し描いてきた。ある事情で8年もホテルに幽閉されている『愛の果てへの旅』の会計士、寝たきりの母親と暮らす『家族の友人』(06)の高利貸し、ダブリンで世捨て人のように暮らす『きっと ここが帰る場所』(11)のロックスター。彼らは人を寄せつけず、まるで固まってしまったかのように単調な日々を過ごしているが、予期せぬ出会いや家族の死をきっかけに心が動き、内なる旅を通して自分が何者なのかを発見していく。ソレンティーノは、そんな旅をシュールな映像と変化に富む音楽で鮮やかに表現してきた。

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『グレート・ビューティー/追憶のローマ』 劇場用パンフレット



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永遠と喪失の狭間で

2014年8月23日(土)よりBunkamura ル・シネマほか全国ロードショーになるパオロ・ソレンティーノ監督の新作『グレート・ビューティー/追憶のローマ』の劇場用パンフレットに、上記のようなタイトルで作品評を書いています。第86回アカデミー賞で最優秀外国語映画賞に輝いた作品です。主演は、ソレンティーノ監督と4度目のコラボレーションになる名優トニ・セルヴィッロ。

ローマという舞台、“俗物の王”を目指しながら虚しさにとらわれる主人公ジェップのキャラクターなどから、ソレンティーノとセルヴィッロのコラボレーションをフェリーニとマストロヤンニのそれに重ねてみる向きもあるかと思いますが、筆者はそういうところはあまり意識しないほうがよいかと思います。というよりも個人的には、そうしたことを意識する以前に独自の世界に引き込まれていました。

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マルコ・ベロッキオ 『眠れる美女』 レビュー

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鍵を握るのは眠りつづける女、しかし眠っているのは本当に彼女たちだけなのか

マルコ・ベロッキオ監督の『眠れる美女』の出発点は、2009年にイタリア社会を揺るがせた尊厳死事件にある。17年前に植物状態となった娘の延命措置の停止を求める父親の訴えが最高裁でようやく認められるが、教会を始めとする世論の激しい反発が巻き起こり、保守層の支持を集めるベルルスコーニ首相は、延命措置を続行する法案を通そうとする。

この事件をそのまま映画にしていれば、おそらく賛否の単純な二元論に回収されてしまっただろう。だがベロッキオ監督は、賛否に揺れる社会を背景にして、三つの物語を並行して描き出していく。

妻の延命装置を停止させた過去を持つ政治家とそんな父親に対する不信感を拭えない娘。輝かしいキャリアを捨てて植物状態の娘に寄り添う元女優とそんな母親の愛を得られない俳優志望の息子。自殺衝動に駆られる孤独な女と不毛な日常に埋没しかけている医師。それぞれの関係には溝があるが、彼らは限られた時間のなかで根源的な痛みを知る体験をし、変貌を遂げていく。

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