ナ・ホンジン 『哀しき獣』 レビュー
社会的な視点と壮絶なアクションが根源的な痛みを炙り出す
ナ・ホンジンの『哀しき獣』では前作『チェイサー』以上に壮絶な死闘が繰り広げられるが、その世界に入り込むためには、中国の朝鮮族のことを少し頭に入れておくべきだろう。この物語には、中国にあって北朝鮮、ロシアと国境を接する延辺朝鮮族自治州と韓国の関係が反映されている。
中国朝鮮族と韓国は、1992年に中国と韓国の間で国交が結ばれたことをきっかけに経済的に急接近する。そして韓国との交易が延辺地区を潤すかに思われた。だが、韓国資本への一方的な依存は、アジア金融危機による打撃、あるいは差別や詐欺などの被害を生み出すことにもなった。それが『哀しき獣』の背景だ。
物語は延辺朝鮮族自治区・延吉から始まる。タクシー運転手のグナムは、韓国に出稼ぎに行った妻からの音信が途絶え、借金で首が回らなくなっている。そんな彼に、延吉を仕切る犬商人ミョンが、韓国に行って人を殺す仕事を持ちかける。グナムは、妻に会えるかもしれないと思い、それを引き受けてしまうが、黄海(映画の原題)の向こうには予想もしない悪夢が待ち受けている。