ダニー・ボイル 『127時間』 レビュー

Review

予期せぬ事故に遭ったとき、
人はなにに目覚めるのか

ダニー・ボイルの新作『127時間』は、アーロン・ラルストンが自らの体験を綴ったベストセラーの映画化だ。主人公アーロンは、ユタ州のブルー・ジョン・キャニオンでいつものように週末のロッククライミングを楽しんでいた。ところが、不安定な岩塊とともに落下し、断崖と岩塊に右腕をはさまれ、無人の荒野で身動きがとれなくなってしまう。それから127時間、岩塊と格闘しつづけた彼は、生きるための決断を下す。

ボイルはこれまで様々な設定を通して人間のエゴを掘り下げてきた。『シャロウ・グレイヴ』(95)の三人の主人公は、それぞれに安定した仕事につき、洒落たフラットをシェアし、他人を見下している。だが、彼らの生活レベルを遥かに上回る大金が転がり込んできたことから、やがて騙し合い、殺し合うことになる。『28日後…』(02)の主人公たちは、ウイルスが蔓延する世界のなかでサバイバルを余儀なくされる。だがやがて、感染が生み出す恐怖を人間のエゴが凌駕していく。

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今週末公開オススメ映画リスト2011/08/04



週刊オススメ映画リスト

今回は『一枚のハガキ』と『モールス』の2本です。

『一枚のハガキ』 新藤兼人

新藤兼人監督が自ら「最後の映画」と宣言して作り上げた作品。監督の実体験をもとに戦争の悲惨さや不条理が描き出されるので、登場人物と彼らが繰り広げるドラマに関心が向かうかと思うが、もうひとつ見逃せないものがある。

たとえば、『ふくろう』に、登場人物を見つめる“ふくろう”という他者の視点があったように、この映画にも、鳥や虫の声を通して常に外部の自然が意識されている。そして、最後にそんな自然の声が大きな意味を持つことになる。詳しいことは、『一枚のハガキ』劇場用パンフレットの作品評をお読みください。

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『Afterquake』 by Abigail Washburn & The Shanghai Restoration Project

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中国・四川大地震の悲劇はどのように記憶されていくのか

ハリケーン・カトリーナの悲劇を題材にしたTed Hearneの『Katrina Ballads』のことを書いているときに、このアルバムのことを思い出した。アメリカ人のフォーク・シンガー、Abigail Washburnと主にエレクトロニカを手がける中国系のプロデューサー、Dave Liangのコラボレーションである『Afterquake』は、2008年の四川大地震の悲劇から生まれた。

ふたつの作品のアプローチはまったく違う。Hearneは『Katrina Ballads』で、ブッシュ大統領やバーバラ・ブッシュ、カニエ・ウェスト、生存者などが発した発言を取り込んだ。その言葉は異なるシンガーによって様々なスタイルで歌われる。

Abigail WashburnとDave Liangは、震災の一年後に被災地を訪れ、そこに生きる子供たちの様々な声を広い集め、伝統的な音楽、復興の響き、子供たちの歌やコーラス、フォークとエレクトロニクスが融合したサウンドスケープを作り上げた。

『Afterquake』 (2009)

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『Katrina Ballads』 by Ted Hearne

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ハリケーン・カトリーナの悲劇はどのように記憶されていくのか

リッチー・バイラークのアルバムをめぐって、文化的記憶のことを書いたら、Ted Hearneの『Katrina Ballads』のことを思い出した。Hearneは1982年生まれの若い作曲家・指揮者であり、自ら演奏したり歌ったりもする。

『Katrina Ballads』の題材は、ハリケーン・カトリーナの悲劇だ。マリタ・スターケンは『アメリカという記憶』のなかで、ベトナム戦争とエイズ流行を中心に、ケネディ暗殺、チャレンジャー号爆発事故、ロドニー・キング殴打事件、湾岸戦争などを通して、文化的記憶を論じているが、いまそのテーマに迫るとしたら、ハリケーン・カトリーナの悲劇を取り上げることだろう。

『Katrina Ballads』では、クラシック、オペラ、ゴスペル、ミニマル・ミュージック、エレクトロニック、ロック(特にギター)、ジャズ(管楽器のアンサンブルとか)、ブロードウェイ・ミュージカルといった多様なジャンルが混ざり合い、壊れた世界を再びひとつにしようとする。

『Katrina Ballads』

Hearneが創造した現代のオラトリオは、賞も受賞し、メディアから2010年のベスト・クラシック・アルバムという評価も受けているが、多くの人々にその物語が受け入れられ、共有されているのかといえば、そういうわけでもなさそうだ。少なくとも最初は厳粛な空気に引き込まれる。

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『Impressions of Tokyo: Ancient City of the Future』 by Richie Beirach



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東京点描と3・11以後、個人的な記憶と文化的記憶について

久しぶりにリッチー・バイラークのピアノを聴いた。Outnoteというレーベルの“Jazz and the City”というシリーズの一作。それぞれのアーティストが縁のある都市を選び、ソロで表現する。これまでにEric Watsonの『Memories of Paris』、Kenny Warnerの『New York – Love Songs』、Bill Carrothersの『Excelsior』といったアルバムがリリースされている。

バイラークが選んだのは東京。ジャケットには「東京点描」や「未来を映す古都」という日本語も刻み込まれている。全16曲のなかには、バイラークと交流があった日本のアーティストへの思いを込めた<Takemitsu-san>や<Togashi-san>、日本文化を題材にした<Kabuki><Zatoichi-Kurosawa><Rock Garden>といった曲が盛り込まれている。

『Impressions of Tokyo』

そうした曲のなかに、少し違和感を覚える曲名があった。14曲目の<Tragedy in Sendai>だ。この曲名は明らかに東日本大震災のことを意味しているが、このアルバムはいつレコーディングされたのだろうか。

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