『それでも夜は明ける』 劇場用パンフレット

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檻に囚われた人間

2014年3月7日(金)よりTOHOシネマズ みゆき座ほか全国順次ロードショーになるスティーヴ・マックィーン監督の新作『それでも夜は明ける』(13)の劇場用パンフレットに、上記のようなタイトルで作品評を書いています。

第86回アカデミー賞で、作品賞、助演女優賞(ルピタ・ニョンゴ)、脚色賞(ジョン・リドリー)の三冠に輝いたことはもうご存知かと思います。

1841年、北部のニューヨーク州で自由黒人として妻子と暮らしていたソロモン・ノーサップは、ある日突然誘拐され、南部の奴隷州で12年間、奴隷として生きることを余儀なくされました。再び自由を取り戻した彼は、その体験を綴った回想録『12 Years a Slave』を発表し、ベストセラーになりました。この映画は、そのノーサップの回想録にもとづいています。

キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ、ポール・ダノ、ポール・ジアマッティ、ルピタ・ニョンゴ、ブラッド・ピットなど、キャストが豪華で、しかもマックィーンの世界をしっかりと表現しています。

この顔ぶれでは、冷酷な奴隷所有者(ファスベンダー)の妻を演じるサラ・ポールソンなどはあまり注目されないと思いますが、この数年、ショーン・ダーキン監督の『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(11)、ジェフ・ニコルズ監督の『MUD‐マッド‐』(12)、そしてこの作品と、次々に注目の監督と組み、どれもそれほど目立つ役ではありませんがいい仕事をしていると思います。

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マルコ・ベロッキオ 『眠れる美女』 レビュー

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鍵を握るのは眠りつづける女、しかし眠っているのは本当に彼女たちだけなのか

マルコ・ベロッキオ監督の『眠れる美女』の出発点は、2009年にイタリア社会を揺るがせた尊厳死事件にある。17年前に植物状態となった娘の延命措置の停止を求める父親の訴えが最高裁でようやく認められるが、教会を始めとする世論の激しい反発が巻き起こり、保守層の支持を集めるベルルスコーニ首相は、延命措置を続行する法案を通そうとする。

この事件をそのまま映画にしていれば、おそらく賛否の単純な二元論に回収されてしまっただろう。だがベロッキオ監督は、賛否に揺れる社会を背景にして、三つの物語を並行して描き出していく。

妻の延命装置を停止させた過去を持つ政治家とそんな父親に対する不信感を拭えない娘。輝かしいキャリアを捨てて植物状態の娘に寄り添う元女優とそんな母親の愛を得られない俳優志望の息子。自殺衝動に駆られる孤独な女と不毛な日常に埋没しかけている医師。それぞれの関係には溝があるが、彼らは限られた時間のなかで根源的な痛みを知る体験をし、変貌を遂げていく。

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ミシェル・ゴンドリー 『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』 レビュー

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ヴィアンの『うたかたの日々』のイマジネーションと残酷さをめぐって

『ウィ・アンド・アイ』につづくミシェル・ゴンドリーの新作は、夭逝の作家ボリス・ヴィアンの悲痛な恋愛小説『うたかたの日々』の映画化だ。プレスのインタビューでゴンドリーは、原作を最初に読んだ時期について、「10代の頃だね。兄が最初に読んで、僕たち弟に薦めたんだ。間違いなく兄は『墓に唾をかけろ』とか、ボリス・ヴィアンがヴァーノン・サリバン名義で書いた、もっとエロティックな小説から読み始めたはずだね」と語っている。その昔、筆者もヴァーノン・サリバン名義のものから読み出したような気がする。

『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』の舞台はパリで、時代背景は曖昧にされている。それなりの財産に恵まれ、働かなくても食べていける若者コランは、パーティで出会った美しいクロエと恋に落ちる。ふたりは、友人たちに祝福され盛大な結婚式を挙げるが、やがてクロエが、肺のなかに睡蓮が生長する奇妙な病におかされていることがわかる。その治療のために財産を使い果たしたコランは、働きだすが、彼らの世界は徐々に光と精気を失い、荒廃していく。

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ジャック・オディアール 『君と歩く世界』 レビュー

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暴力と苦痛のなかで生を実感する男 ――アリと歩く――

たとえば、両脚を失ったシャチの調教師が、ある出会いをきっかけに再び力強く歩み出す物語といわれたら、どんな作品を想像するだろうか。お涙頂戴の映画だと思う人は少なくないはずだ。しかし、ジャック・オディアール監督の『君と歩く世界』は、いい意味で私たちの予想を裏切ってみせる。それは、アリという人物の存在によるところが大きい。

私たちは、そのアリがステファニーをクラブから自宅まで送るところで、彼がどこか普通とは違っていることに気づく。彼は腫れた手を氷で冷やすために家に上がりたいという。そこで、彼がいるからといわれてしまえば、普通は外で待つしかないだろう。ところがアリは、「だから?」と問い返す。家に上がっても、他人の視線など気にもとめない。そんな違いがステファニーの記憶に残らなければ、ふたりの関係が発展することもなかっただろう。

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キム・ギドク 『嘆きのピエタ』 レビュー



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復活したキム・ギドクの変化、
異空間へと飛躍しない理由とは

『悲夢』の撮影中に女優が命を落としかける事故が起こったことをきっかけに、失速、迷走していた韓国の鬼才キム・ギドク。

ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた新作『嘆きのピエタ』では、そんな監督が復活を告げるだけではなく、興味深いスタイルの変化を見せる。

天涯孤独で冷酷な取り立て屋イ・ガンドの前にある日、母親を名乗る謎の女が現れる。彼は戸惑いつつも女を母親として受け入れていくが、果たして彼女は本当に母親なのか。そしてなぜ突然、彼の前に現れたのか。

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