キム・ギドク 『嘆きのピエタ』 レビュー



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復活したキム・ギドクの変化、
異空間へと飛躍しない理由とは

『悲夢』の撮影中に女優が命を落としかける事故が起こったことをきっかけに、失速、迷走していた韓国の鬼才キム・ギドク。

ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた新作『嘆きのピエタ』では、そんな監督が復活を告げるだけではなく、興味深いスタイルの変化を見せる。

天涯孤独で冷酷な取り立て屋イ・ガンドの前にある日、母親を名乗る謎の女が現れる。彼は戸惑いつつも女を母親として受け入れていくが、果たして彼女は本当に母親なのか。そしてなぜ突然、彼の前に現れたのか。

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ワン・ビン 『三姉妹~雲南の子』 レビュー



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劣悪な環境にも適応していく、野生的ともいえる生命力

世界の注目を集める中国の鬼才ワン・ビン監督のドキュメンタリー『三姉妹~雲南の子』では、中国国内でも最も貧しいといわれる雲南省の高地(標高3200m)にある村に暮らす10歳、6歳、4歳の三姉妹の過酷な生活が映し出される。母親はだいぶ前に家族を捨て、父親は遠方の町に出稼ぎに行っている。

この作品と4月に公開された新鋭ベン・ザイトリン監督の『ハッシュパピー バスタブ島の少女』には注目すべき共通点がある。後者は温暖化による海面上昇の影響をもろにうける南ルイジアナの低地を舞台に、ハリケーン・カトリーナの悲劇や格差による貧困といった現実を反映したファンタジーだ。

どちらの映画も苦境に追いやられた少女の姿から、政治や社会に対する批判的なメッセージを読み取れないことはない。繁栄の裏にある厳しい現実が浮き彫りにされているからだ。

だが、二人の監督の関心は明らかに別のところにある。彼らが見つめるのは、いかに劣悪な環境であっても、それに適応していく野生的ともいえる生命力だ。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/06/12

週刊オススメ映画リスト

今回は『インポッシブル』『嘆きのピエタ』『スプリング・ブレイカーズ』『3人のアンヌ』の4本です。

『インポッシブル』 フアン・アントニオ・バヨナ

2004年のスマトラ島沖地震で被災し、苦難を乗り越えて生還を果たした家族の体験に基づく物語です。筆者は以下のようなコメントを寄せました。新聞の広告でご覧になった方がいらっしゃるかもしれません。

「壮絶なサバイバルが浮き彫りにするのは家族の絆だけではない。長男にとって大人になるための重要な通過儀礼になっていることが、ドラマを普遍的で奥深いものにしている。」

この映画が時と場所を超えて私たちに迫り、心を揺さぶるのは、大人になるためのイニシエーション(通過儀礼)が、現代という時代を踏まえて鮮明に描き出されているからです。

そういう意味では、『ハッシュパピー バスタブ島の少女』とともに、イニシエーションなき時代のイニシエーションを描いた作品として出色の出来といえます。

作り手がいかにイニシエーションを意識し、緻密に表現しているかについては、劇場用パンフレットに書かせていただきましたので、ぜひそちらのほうをお読みください。

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『コズモポリス』&『ホーリー・モーターズ』 レビュー

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生身の身体とテクノロジー、そして、私たちを覚醒させる“痛み”

奇しくも時期を同じくして公開されるデヴィッド・クローネンバーグ監督の『コズモポリス』とレオス・カラックス監督の『ホーリー・モーターズ』には、注目すべき共通点がある。二本の映画では、それぞれにニューヨークとパリを舞台に、白塗りのリムジンに乗った男、というよりもある意味でリムジンと一体化した男の一日が描かれる。

ドン・デリーロの同名小説を映画化した『コズモポリス』に登場する28歳のエリック・パッカーは、投資会社を経営する大富豪で、そこがオフィスであるかのように巨大なハイテクリムジンから莫大なマネーを動かしている。そんな彼はなぜか2マイル先にある床屋を目指し、破滅へと引き寄せられていく。

一方、カラックスにとって13年ぶりの新作長編となる『ホーリー・モーターズ』の主人公オスカーの仕事は少々謎めいて見える。彼が乗るリムジンの座席にはその日のアポの内容が記載されたファイルが置かれている。ただしアポといっても、人と会ったり、会合に出たりするのとは違う。

オスカーは、リムジンに装備された衣装やカツラ、メイク道具などを駆使して、ファイルで指定された人物になりきり、指定された場所で指定された時間だけその人物を演じる。このある一日に彼は、銀行家、物乞いの老女、殺人者、死にゆく老人など11人の人物に次々と変身していく。

ふたりの主人公に起こることはまったく違うが、この二本の映画が掘り下げているテーマは非常に近いところにあるといえる。

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『嘆きのピエタ』 『孤独な天使たち』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『嘆きのピエタ』 キム・ギドク

2012年ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いたキム・ギドク監督の新作。天涯孤独で冷酷な借金取りの男イ・ガンドの前にある日、母親だと名乗る謎の女が現れる。戸惑いつつも女を母親として受け入れていくガンド。果たして女は本当に母親なのか? なぜ、突然現れたのか?

『アリラン』試写室日記に書いたように、『悲夢』以降のギドクはどん底だった。しかし、脚本と製作総指揮を手掛けた『プンサンケ』(11)では、自分の世界を取り戻していた。

そしてこの新作では、自分の世界を取り戻すだけではなく、変化も見せる。明らかに作風や表現の幅が広がっている。これまではあえてそうしなかったのか、あるいは新たに身につけたのかは定かではないが、新作にはストーリーテリングの要素が加わっている。

これまでのギドクは、人物にしてもドラマにしても、もの言わぬ姿勢を貫くことでしばしば謎を謎のままにした。この新作ではストーリーテリングによって謎が解かれ、衝撃的な結末を迎える。しかし、おそらく見所はそこだけではない。そんなドラマの背景にはもの言わぬものの世界が広がっていて、それが胸に突き刺さってくる。

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