『コズモポリス』&『ホーリー・モーターズ』 レビュー

Review

生身の身体とテクノロジー、そして、私たちを覚醒させる“痛み”

奇しくも時期を同じくして公開されるデヴィッド・クローネンバーグ監督の『コズモポリス』とレオス・カラックス監督の『ホーリー・モーターズ』には、注目すべき共通点がある。二本の映画では、それぞれにニューヨークとパリを舞台に、白塗りのリムジンに乗った男、というよりもある意味でリムジンと一体化した男の一日が描かれる。

ドン・デリーロの同名小説を映画化した『コズモポリス』に登場する28歳のエリック・パッカーは、投資会社を経営する大富豪で、そこがオフィスであるかのように巨大なハイテクリムジンから莫大なマネーを動かしている。そんな彼はなぜか2マイル先にある床屋を目指し、破滅へと引き寄せられていく。

一方、カラックスにとって13年ぶりの新作長編となる『ホーリー・モーターズ』の主人公オスカーの仕事は少々謎めいて見える。彼が乗るリムジンの座席にはその日のアポの内容が記載されたファイルが置かれている。ただしアポといっても、人と会ったり、会合に出たりするのとは違う。

オスカーは、リムジンに装備された衣装やカツラ、メイク道具などを駆使して、ファイルで指定された人物になりきり、指定された場所で指定された時間だけその人物を演じる。このある一日に彼は、銀行家、物乞いの老女、殺人者、死にゆく老人など11人の人物に次々と変身していく。

ふたりの主人公に起こることはまったく違うが、この二本の映画が掘り下げているテーマは非常に近いところにあるといえる。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/03/28

週刊オススメ映画リスト

今回は、『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』『隣人 ネクストドア』『チャイルドコール 呼声』の3本に、“フレンチ・フィーメイル・ニューウェーブ”で特集上映される3作品『グッバイ・ファーストラブ』『スカイラブ』『ベルヴィル・トーキョー』を加えた計6本です。

『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』 佐々木芽生

2010年に公開されてロングランを記録したドキュメンタリー『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』の続編です。但し、前作を観ていなくともわかるような構成になっています。この2作品の魅力は、“小さいことがとても大きなものにつながる”という言葉に集約できます。

郵便局員と図書館司書だったハーブとドロシー夫妻は、独自の審美眼と類希な情熱で、お給料で買えて1LDKのアパートに収まるアートを買い集め、それがいつしか世界でも屈指の歴史に残るアートコレクションになります。ふたりはそのコレクションを一点も売ることなく、アメリカの国立美術館に寄贈します。それが前作の物語でした。

この続編では、その国立美術館でさえも夫妻の大量のアートをすべて受け入れることが不可能であることが判明し、全米50州の美術館に50作品ずつ、計2500点を寄贈するプロジェクトが動き出します。そのプロジェクトが背景になっているので、ハーブとドロシーとともに、全国に散っていったコレクションを訪ねて歩くロード・ムービーと見ることもできます。

ハーブとドロシーはコレクターとして作品を買うだけではなく、アーティストの成長や作品の変化を追いかけ、その本質を知ろうとすることによって、アーティストたちと親密な関係を築き上げてきました。そういう意味では、ハーブとドロシーが親で、アーティストが子供たちで、彼らの作品が孫ともいえます。この映画は、コレクションが分散するという難しい選択を通して、そんな親密な関係を再確認していく物語ともいえます。

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『コズモポリス』 『セレステ∞ジェシー』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『コズモポリス』 デヴィッド・クローネンバーグ

ドン・デリーロの同名小説をクローネンバーグが映画化。映画では切り捨てられているが、原作では、巨大ハイテクリムジンから莫大なマネーを動かすアナリスト、エリック・パッカーの物語の途中に、彼の命を狙うベノ・レヴィンの告白が挿入される。

その告白もかなりクローネンバーグ好みの世界になっている。『裸のランチ』『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』のように、書くことと狂気や幻想が結びつけられているからだ。たとえば、以下のような表現だ。

世界は何か自己充足した意味をもっているはずだ。しかし、実際に自己充足しているものなど何もない。すべてが他のものに入り込む。俺の小さな日々が光年に染み込んでいく。だから俺は他人を装うことしかできない。そしてそのために、こうした原稿を書いているとき、俺は自分が他人を引用しているように感じるのだ。俺にはよくわからない。書いているのは俺なのか、それとも俺がその口調を真似したいと思っている誰かなのか

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今週末公開オススメ映画リスト2013/03/21

週刊オススメ映画リスト

今回は『ザ・マスター』『長嶺ヤス子 裸足のフラメンコ』『暗闇から手をのばせ』の3本です。

『ザ・マスター』 ポール・トーマス・アンダーソン

PTAの持つ強烈なオブセッションとそれを映像で表現しきってしまう豪腕ぶりに息をのみます。まずは『ザ・マスター』試写室日記をお読みください。

「キネマ旬報」2013年4月上旬号(3月20日発売)の『ザ・マスター』特集で、監督インタビュー、作品論、監督論につづくかたちで、「『ザ・マスター』とアメリカの50年代」というタイトルのコラムを書いております。ぜひお読みください。

映画はフィクションですが、PTAはサイエントロジーの始まりの時期をかなり詳しく調べ、ランカスター・ドッドという人物を創造しています。試写室日記では、サイエントロジーの実態に迫ったローレンス・ライトの『Going Clear』を取り上げましたが、「キネマ旬報」の原稿では、歴史学者ヒュー・B・アーバンの『The Church of Scientology: A History of a New Religion』を参考にしました。想像にすぎませんが、PTAも参考にしているように思えます。

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『リンカーン』 『ウィ・アンド・アイ』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『リンカーン』 スティーヴン・スピルバーグ

素晴らしいというよりは凄いというべきなのだろう。ある意味、スピルバーグの集大成といってもいいと思う。

この映画の原作となったドリス・カーンズ・グッドウィンの『リンカン』は長い。長いといっても、リンカーンの人生の最後の5年間に絞り込まれているので、一般的な伝記に比べれば扱っている時間ははるかに短いといえるが、映画が扱う時間はそれよりもずっと短い。大胆に切り落とされている。

1864年11月に2期目を目指す大統領選に勝利を収めてから、憲法修正第13条が下院で可決され永久に奴隷制が禁止され、1865年4月に暗殺されるまで。半年にも満たない。南部人の立場もほとんど描かれない。これはひとつ間違えば非常に危険な映画になりかねない。

ジェームズ・M・バーダマンの『ふたつのアメリカ史』に書かれているように、アメリカにはふたつの歴史がある(確か本書の帯には「リンカーンは悪魔である」という言葉が使われていた)。「北部」の見地に立って書かれた歴史が、アメリカ史の通史のように流通しているが、「南部」の見地に立てばもうひとつのアメリカが見えてくる。

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