ニコラウス・ゲイハルター 『眠れぬ夜の仕事図鑑』 レビュー



Review

私たちは豊かで自由なのか、それとも生の奴隷として管理されているのか

ドキュメンタリー作家ニコラウス・ゲイハルターは、普段目にすることのない領域に光をあてることによって、私たちが生きているのがどんな世界なのかを浮き彫りにしてみせる。

『いのちの食べかた』で工業化された食糧生産の実態に迫った彼が、新作で注目するのは“夜に活動する人々”だ。ヨーロッパ十カ国を巡り、切り取られた夜の風景には、例によってナレーションや説明はなく、私たちの想像力を刺激する。

この映画でまず印象に残るのは、治安に関わる職業だ。冒頭と終盤には国境警備の模様が配置され、街中の監視や警察官の訓練の現場、さらにはロマ(ジプシー)の強制立ち退きや難民申請を却下された外国人の強制送還の執行にも目が向けられる。

続きを読む

ペドロ・アルモドバル 『私が、生きる肌』 レビュー



Review

自己と他者を隔てる決定的な境界としての“肌”

ペドロ・アルモドバルの近作では、様々なアプローチで死と再生というテーマが掘り下げられてきたが、新作『私が、生きる肌』も例外ではない。この映画では、のっけから事情もわからないまま奇妙な状況に引き込まれる。

天才的な形成外科医ロベルが所有する研究所も兼ねた豪邸に、ベラと呼ばれる女性が幽閉されている。豪邸にはマリリアという初老のメイドも住み込み、ベラの世話をしている。

ある日そこに長く音信不通だったマリリアの息子セカが現れる。彼は監視モニターに映るベラを目にすると、誰かを思い出したように欲望をむき出しにし、彼女を力ずくで自分のものにする。そんな野獣の息の根を止めたのは、帰宅したロベルが放った銃弾だった。

続きを読む

ファン・ドンヒョク 『トガニ 幼き瞳の告発』 レビュー



Review

告発のドラマが炙り出す内面化された“軍事主義”

2005年に韓国のある聴覚障害者学校で信じがたい事件が発覚した。2000年から6年もの間、校長を始め教員らが複数の生徒たちに性的虐待を行っていた。『トガニ 幼き瞳の告発』は、この事件を題材にしたベストセラー小説の映画化だ。

美術教師カン・イノが恩師の紹介で赴任した田舎町の聴覚障害者学校は、校長の双子の弟の行政室長が平然と賄賂を要求したり、生徒たちが何かに怯えているなど、最初から不穏な空気を漂わせていた。

イノは寮長から過度の体罰を受けていた女生徒を病院に運んだことをきっかけに性的虐待の事実を知る。怒りに駆られる彼は、マスコミを利用して非道を正そうとするが、裁判をめぐって困難な壁が次々と立ちはだかる。

続きを読む

リドリー・スコット 『プロメテウス』 レビュー

Review

自然環境を変えうる大きな力を持つことにはプラスとマイナスの両面がある

リドリー・スコット監督の最新作『プロメテウス』は、2089年に考古学者エリザベスが、3万5千年前の洞窟壁画を発見するところから始まる。そこには星を指し示す巨人の姿が描かれていた。彼女は世界各地の古代遺跡からも見つかっているその巨人の図像が、人類を創造した“エンジニア”の痕跡だと考えていた。

その4年後、巨大企業が莫大な資金を投じた宇宙船プロメテウス号が、壁画に描かれた未知の惑星に到着する。そして、エリザベスを含む17名の乗組員は、想像を絶する真実を目の当たりにすることになる。

この映画は大きく分けてふたつの要素から成り立っている。まず、私たち現生人は必ずしも緩やかな進化を遂げてきたわけではない。

続きを読む

チョン・ジェホン 『プンサンケ』 レビュー



Review

ギドクとジェホンは、分断の現実に強烈な揺さぶりをかける

キム・ギドクの凄さは、言葉に頼らず、内部と外部や可視と不可視の境界を示唆する象徴的な表現を駆使して独自の空間を構築し、贖罪や浄化、喪失の痛みや解放などを実に鮮やかに描き出してしまうところにあった。

そんな彼は『悲夢』の撮影中に起こった事故をきっかけに作品が撮れなくなり、久しぶりに発表した『アリラン』でも、自分自身にカメラを向けて喋りまくり、明らかに本質を見失っていた。

しかし、製作総指揮と脚本を手がけたこの『プンサンケ』では、本来のギドクが復活している。

“プンサンケ”とは、38度線を飛び越えて北と南を行き来し、離散家族の最後のメッセージを運ぶ正体不明の男の通称だ。そんな彼のもとに、亡命した北朝鮮元高官の愛人イノクをソウルに連れてくるという依頼が舞い込む。そして、警戒厳重な境界線を極限の状況に追い込まれながら突破していくうちに、ブンサンケとイノクの間には特別な感情が芽生え、彼らは分断という現実に翻弄されていくことになる。

続きを読む